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玉岡かおる、花のみちをスキップできるその日まで

ふたたび大劇場の幕が上がる日は必ず来る…

玉岡かおる 作家


 本当にえらいことである。コロナ禍で、苦労して取った宝塚歌劇のチケットは3月以降どれも紙くずとなり、今後どうなるか先が見えない。(2020年5月1日現在、6月末までのすべての公演が中止)むろん払い戻しはすみやかだったがお金の問題じゃない。そのときその席に座って得られるはずだった夢がまるごと「無し」になったのだ。しかも後々こんなに長く歌劇が観られなくなるなんて、数か月前には誰が想像しただろうか。

 むろん、大ダメージを受けているのは宝塚歌劇のみにあらずだが、そもそも宝塚歌劇には百年を超える長い歴史がある。その中で、大劇場が閉鎖されるなどという、こんな異常事態は――。

拡大宝塚大劇場

史上二度しかなかった劇場閉鎖

 あったのである。それも、二度も。いや、二度しかない、と言うべきか。

 一度目は大東亜戦争の終末期で、二度目は阪神淡路大震災の時、といえば、今回の事態がどれほど深刻かわかるであろう。

 一度目については拙著『タカラジェンヌの太平洋戦争』(新潮新書)に書いたが、国策により娯楽の類がすべて禁止されたことによる。

 もっとも、他の劇場が早々と閉鎖に追い込まれる中、宝塚だけは終戦の前年3月までなんとか公演が続けられていた。ジェンヌたちが日本各地を始め外地にまで慰問公演に出かけたり当時のトップスター春日野八千代がりりしい海軍士官を演じて国威を発揚するなど、国の意向に従いながら活動していたのである。だがそれもついにむなしく、最後の舞台が幕を下ろした後、閉鎖を惜しむファンが劇場前からいつまでも去ろうとせず、ついには警官が発砲するという事態にまでなってしまった。(前掲書・第五章を参照のほど)

 この時のファンの気持ちは痛いほどわかる。戦争一色で他に何の楽しみもない庶民にとって、最後の砦まで閉まるのかという喪失感の発露であろう。なにしろ大本営の発表では、日本は勝って勝って大進撃をとげているはずだから、なぜ最後の楽しみを奪う、なぜ夢を取り上げる、そんななけなしの反骨もあっただろう。(スミマセン、見てきたように書いてますが私、まだ生まれていません)

 しかしなにしろ戦争である。どんなにまっとうな言い分も通らない相手であるから、劇場閉鎖はどうにもならなかった。

 この『タカラジェンヌの――』を書いた時、当時春日野八千代さんはご存命で、私も最後の方の舞台をいくつか拝見している。母たちの世代には「永遠の二枚目」などと言われ、むろん戦後も活躍、この当時には宝塚在籍最高齢でいらしたが、私が観た舞踊の立ち姿は、どこか神々しささえ漂っていた。

 私の本は知り合いを通じてお贈りしたのだが、春日野さんからお返事をいただいた時には改めて、書いた内容にぬかりはなかったかと緊張した。お返事には私も観劇した「飛翔無限」でのご自身の舞踊姿の写真(もちろんサイン入りだった!)が入っていて、そりゃもう感涙のきわみ。激動の時代を生き抜いてのご長寿だけに、さぞかし平和な時代を深く味わい堪能なさったに違いない。

 ちなみにこの本のリリース時、書店用POPには榛名由梨さんのお言葉と直筆サインを寄せていただいた。私は第一次ベルばら世代で、私の二人の娘の名前には、初演でオスカルを演じた榛名由梨と汀奈津子から一字ずつもらっているほどなので、この時の寄稿はどれだけ嬉しかったことか、きっと皆様ならばわかっていただけるであろう、地味に長くファンを続けているだけで、思いもかけないご褒美がいただけるものなのである。

全壊した花のみち

 さて、二回目の、阪神淡路大震災での閉鎖も同様の悲劇だった。なにしろマグニチュード7の巨大な震動により、大劇場が使えなくなってしまったのだからなすすべもない。

 これはさすがに私も、昨日のことのように覚えている。宝塚市でも多数の人命が失われ、住宅やビル、工場が倒壊、阪急電車は脱線したまま停車して、ライフラインも止まったまま。花のみち沿いの店々も全壊し、電柱は大きく倒れ、ファミリーランドでも建造物が傾いて、まるでこの世の終わりのような光景を目の当たりにした。

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筆者

玉岡かおる

玉岡かおる(たまおか・かおる) 作家

神戸女学院大学卒。’87年、神戸文学賞受賞作「夢食い魚のブルー・グッドバイ」(新潮社)で文壇デビュー。代表作はTVドラマ化・舞台化された「お家さん」(新潮社)。1年に1作品のペースで作品を世に送り出し著書多数。近著は「姫君の賦 ~千姫流流」(PHP研究所)。現在、宝塚歌劇ハウスマガジン『歌劇』に「ただ歌劇が好きなだけ」を連載中。