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コロナ禍で岐路に立つアニメーション(上) リモートとアフレコの課題

制作スタッフへの緊急アンケートの結果から

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

 新型コロナウイルスの感染拡大長期化により、あらゆる産業が未曾有の経済危機に直面しているが、日本のアニメーションとて例外ではない。6月1日現在、少なくとも45作品のテレビシリーズの制作が中断し、放送・配信が延期となっている。一時放送が再開された番組も再延期となっており、多くの放送枠が過去作品の再放送や、別作品の放送に切り替えられている。映画館・シネマコンプレックスの営業自粛により劇場用長編も邦画・洋画を合わせて30作品以上が公開延期となっている(表1、表2参照)。年間の制作本数の3分の1ほどが宙に浮いたまま待機となっている。

 5月25日には全国の緊急事態宣言が解除されたが、このまま順調に感染の鎮静化が進んだとしても、制作現場にスタッフが集中する以前の状態に即刻回復するとは思えない。各作品で制作事情が異なるため、テレビシリーズの放送・配信の再開時期はバラバラとなる模様だ。

 6月1日より東京都内の映画館の営業も再開され、全国の劇場に観客が戻りつつあるが、ミニシアターでも座席は数席おきで興行的に厳しい状況は続いている。待機作品の公開は下半期に集中する可能性が高いが、本来夏以降に公開が予定されていた作品群と重なるため、公開時期の調整や優先順位をめぐる混乱は避けられない。多少の公開規模・公開期間の縮小があったとしても動員が確実視される大作は必ず公開されるだろう。しかし、短期間限定公開や小規模上映作品などは先送りとなる可能性もある。既に公開を断念し、配信のみに切り替えた作品も出てきている。

 総じて、近年拡大一途だったアニメーション業界が、今後しばらくは縮小傾向に転じることは確実だ。

 先の見えない状況下、今アニメーション制作者たちはどのような状況下に置かれ、何を思うのか。また、コロナ禍は今後業界にどのような影響を及ぼすのか。こうした疑問を整理すべく、筆者は4月末から5月にかけて第一線で活躍する各職種のスタッフの方々に「緊急アンケート」を実施した。大変な時期であったにもかかわらず17名の方々から回答を得られた。貴重な証言を寄せてくださった方々に感謝すると共に、それらを元に現状を整理して考えてみたい。

 なお、回答の引用に際しては各人に了解を得た。ほとんどが匿名希望であったが、希望された方は実名を記した。また、それぞれ異なる立場からの発言であるため、末尾に職名を併記した。

 この場を借りてご協力いただいた皆様に感謝を申し上げます。

『映画ドラえもん のび太の新恐竜』(2020年3月6日(金)全国東宝系公開)〓藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK20203月公開予定だった『映画ドラえもん のび太の新恐竜』も8月に延期となった(全国東宝系)=藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK2020

表1 【放送・配信延期、または日程変更となったテレビアニメシリーズ】(6月1日現在)
『ノー・ガンズ・ライフ 第2期』(4月9日より『同 第1期』の再放送)
『ブラッククローバー』(5月5日より再放送)
『食戟のソーマ 豪ノ皿』(4月放送中止→7月以降に延期)
『ONE PIECE(ワンピース)』(4月26日より再放送)
『BORUTO-ボルト-NARUTO NEXT GENERATIONS-』(5月3日より再放送)
『約束のネバーランド 第2期』(10月放送予定→延期、10月より『同 第1期』の再放送)
『富豪刑事 Balance:UNLIMITED』(4月放送中止→再開未定)
『放課後ていぼう日誌』(4月放送中止→再開未定)
『俺ガイル完』(4月放送予定→7月に放送・配信)
『アイドリッシュセブン Second BEAT!』(4月放送中止→再開未定)
『ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld 最終章』(4月25日より『同 第1期』の再放送)
『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』(4月放送予定→7月に延期)
『Re:ゼロから始める異世界生活 第2期』(4月放送予定→7月に延期)
『とある科学の超電磁砲T』(4月24日再放送、5月1日放送再開、5月29日より再延期による再放送、次回放送は7月24日)
『天晴爛漫!』(4月放送中止→再開未定)
『ヒーリングっど♥プリキュア』(4月26日より再放送)
『デジモンアドベンチャー:』(4月26日より放送中止:『ゲゲゲの鬼太郎 第6期』再放送に差替)
『ポケットモンスター』(4月26日より再放送→6月7日放送再開)
『ちびまる子ちゃん』(5月3日より再放送)
『ミュークルドリーミー』(5月3日より再放送、次回放送は5月31日)
『キラッとプリ☆チャン』(5月3日より再放送)
『キングダム 第3シリーズ』(5月3日より放送中止:『未来少年コナン』再放送に差替)
『魔法科高校の劣等生 来訪者編』(7月放送・配信予定→10月に延期)
『魔王学院の不適合者』(4月放送・配信予定→7月に延期予定)
『魔神英雄伝ワタル 七魂の龍神丸』(5月8日新作配信中止)
『ツキウタ。THE ANIMATION 2』(4月放送予定→7月に延期)
『文豪とアルケミスト 〜審判ノ歯車〜』(4月24日・5月1日再放送、5月8日放送再開、6月6日放送休止、7月3日放送再開)
『デュエル・マスターズキング』(5月3日より再放送)
『ガンダムビルドダイバーズRe:RISE』(5月14日より再放送)
『メジャーセカンド 第2シリーズ』(5月2日より再放送→5月30日放送再開)
『ガル学。~聖ガールズスクエア学院~』(5月4日より再放送)
『五等分の花嫁 第2期』(10月放送→2021年1月に延期)
『ギャルと恐竜』(4月放送中止→放送時期未定)
『サザエさん』(5月17日より再放送)
『カードファイト!! ヴァンガード外伝 イフ-if-』(5月放送→5月30日に延期)
『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-Rhyme Anima(ライムアニマ)』(7月放送→10月に延期)
『まえせつ!』(7月放送→10月に延期)
『ひぐらしのなく頃に』(7月放送→10月に延期)
『ハイキュー!! TO THE TOP 第2クール』(7月放送→放送時期未定)
『スケートリーディング☆スターズ』(7月放送→放送時期未定)
『EX-ARMエクスアーム』(7月放送→秋以降に延期)
『アサルトリリィ BOUQUET』(7月放送→10月に延期)
『転生したらスライムだった件 第2期』(10月放送→放送時期未定)
『転生したらスライムだった件 転スラ日記』(2021年1月放送→放送時期未定)
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 第3期』(7月放送→10月以降に延期)
表2 【公開延期となったアニメーション映画】(6月1日現在)
『映画しまじろう しまじろうと そらとぶふね』(2月28日公開→公開日未定)
『映画ドラえもん のび太の新恐竜』(3月6日公開→8月7日公開)
『2分の1の魔法』(3月13日公開→8月21日に延期)
『映画プリキュアミラクルリープ みんなとの不思議な1日』(3月20日→5月16日公開→公開日未定)
『ソニック・ザ・ムービー』(実写との合成 3月27日公開→公開日未定)
『劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] III.spring song』(3月28日→4月25日公開→公開日未定)
『映画 きかんしゃトーマス チャオ!とんでうたってディスカバリー!!』(4月3日公開→公開日未定)
『プリンセス・プリンシパル Crown Handler 第1章』(4月10日公開→公開日未定)
『名探偵コナン 緋色の弾丸』(4月17日公開→公開日未定)
『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』(4月24日公開→公開日未定)
『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(4月24日公開→公開日未定)
『(東映まんがまつり)映画 おしりたんてい テントウムシいせきの なぞ/仮面ライダー電王 ブリティ電王とうじょう!/映画 ふしぎ駄菓子屋 銭天堂/りさいくるずー まもれ!もくようびは資源ごみの日 ダン王たんじょう!?』(4月24日公開→公開日未定)
『機動警察パトレイバー the Movie(4DX)』(4月17日公開→公開日未定)
『魔女見習いをさがして』(5月15日公開→調整中)
『どうにかなる日々』(5月8日公開→公開日未定)
『ピーターラビット2/バーナバスの誘惑』(実写との合成 5月22日公開→公開日未定)
『俺を好きなのはお前だけかよ~俺たちのゲームセット~』(イベント上映 5月23日公開→上映中止)
『映画 キヴン』(5月16日公開→公開日未定)
『サイダーのように言葉が湧き上がる』(5月15日公開→公開日未定)
『スパイ in デンジャー』(5月22日公開→公開中止 ディズニー公式動画配信サービスにて年内配信予定)
『思い、思われ、ふり、ふられ』(5月29日公開→公開日未定)
『さよなら、ティラノ』(初夏公開→公開日未定)
『モンスターストライク THE MOVIE ルシファー 絶望の夜明け』(6月公開→11月公開)
『劇場版再生産総集編 少女☆歌劇 レヴュースタァライト ロンド・ロンド・ロンド』(初夏公開→公開日未定)

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(6月27日公開→公開日未定)
『泣きたい私は猫をかぶる』(6月5日公開→Netflixで6月18日から全世界独占配信)
『それいけ!アンパンマン ふわふわフワリーと雲の国』(6月26日公開→公開日未定)

『プレイモービル マーラとチャーリーの大冒険』(7月3日公開→公開日未定)
『劇場版ポケットモンスター ココ』(7月10日公開→公開日未定)
『ミニオンズ フィーバー』(7月17日公開→公開日未定)
『ソウルフル・ワールド』(夏公開→12月11日に延期)
『STAND BY ME ドラえもん2』(8月7日公開→公開日未定)

突然の在宅作業移行による混乱

 コロナ禍に突入して以降も、多くのスタジオでアニメーション作品の制作は休むことなく継続していた。それでも作品の放送・配信が延期となったのは、おそらく作業の遅延のためだ。

 もとより、アニメーション制作は各セクションの複雑な連携によって成立する。予算こそ少ないが、手間暇と労働時間の総量は実写映像の比ではない。通常2Dアニメーションの制作工程は、シーンの設計(「絵コンテ」「レイアウト」)、キーとなるポーズを描く「原画」、その間を描いて清書して完成させる「動画」、背景を描く「美術」、動画を着色する「仕上げ」、全素材を集めた「撮影」という流れで進む。

アニメーターが使用する動画机の例。棚にはカットごとに動画の束を収納、机は下から透かして描けるようになっている=「新潟が生んだジブリの動画家 近藤喜文展」(2014年、新潟県立万代島美術館)展示品より。撮影・著者アニメーターが使用する動画机の例。棚にはカットごとに動画の束を収納、机は下から透かして描けるようになっている=「新潟が生んだジブリの動画家 近藤喜文展」(2014年、新潟県立万代島美術館)展示品より 撮影・著者

 日本では「レイアウト」「原画」「動画」といった作画の起点・中心的作業は、未だに紙と鉛筆によるアナログの手描きが主流だ。作画スタジオには下からライトで透かして画を描けるトレース台付の「動画机」がぎっしりと並べられ、アニメーターは時に打ち合わせを挟みながら長時間描き続ける。典型的な「3密(密閉、密集、密接)」の職場環境であるため、多くのスタジオが3月末頃から閉鎖となり、作画は各個の在宅作業に切り替わった。

 しかし、とりまとめの作業は全てリモートというわけにもいかず、少人数の出社は継続せざるを得ない状況が続いている。また、自宅に同様の環境を整えられない、素材や動画用紙が不足しているなどの理由で出社せざるを得ないスタッフも多かった。仕上がった画をまとめた「カット袋」を各家から回収する運搬業務も煩雑化したようだ。

 アンケートでも以下のような証言があった。

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