メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

インターネット上の誹謗中傷で被害者ができること――法的対応策の課題

中澤佑一 弁護士(埼玉弁護士会)

 SNSを中心とするインターネット上の誹謗中傷が大きな被害をもたらす事例が頻繁に報道されている。

 私は誹謗中傷を受けた方より依頼を受け、対象の記事の削除に始まり匿名の発信者の特定、損害賠償請求や刑事告訴を主な業務としている。この立場から見て、被害者が法的にできることは必ずしも多くはなく、情報開示請求を行い攻撃者の住所氏名を特定し損害賠償請求や刑事告訴を行うこと、もしくはプラットフォーマーに削除請求を行い対象の誹謗中傷記事を削除することが現行法で可能な数少ない有効な対策である。法律上、事実上、経済上のハードルは高いと言わざるを得ず、被害者側にとっては非常に厳しい戦いを強いられるのが現状だ。

 被害者が誹謗中傷に立ち向かおうとする場合、基本となる法令は「プロバイダ責任制限法」(正式名称:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)である。この法律は、5条しかないコンパクトな法令であり、インターネット上の権利侵害情報の発信に利用されてしまったプラットフォーマー(プロバイダ)を原則として免責しつつ、権利侵害情報の発信による被害者に対して、匿名の発信者を調査するための情報開示請求権を付与する。

 プロバイダ責任制限法が立法される以前は、インターネット上の匿名言論により権利を侵害された被害者が加害者を調べるための情報開示請求権は存在せず、「発信者情報開示請求権」が創設されたことは、大きな一歩であったことは事実だ。

 しかし、このプロバイダ責任制限法は、法令の略称にも表れている通り、基本的にはプロバイダ(この法令で言うプロバイダとは、TwitterやGoogleのようなSNS管理者、その他ウェブサイトの管理者、そしてNTTドコモやニフティなどのインターネットサービスプロバイダといった、インターネット上の情報発信に関与する者すべてを包含する概念である)のための法令であり被害者救済の効果は限定的だ。

 発信者情報開示請求権の内容や要件については多数の技術的不備が指摘されている。“技術的不備”と表現したのは、要するに、法律の通りやっても発信者が分からないケースが非常に多いということである。プロバイダ責任制限法における発信者情報開示請求権の実務的問題点については、日弁連はじめ各方面から何度も指摘されてきたが、法律を所管する総務省は「IPアドレス」を「アイ・ピー・アドレス」に表現を変えるなど、現場で法律を活用する者にとっては“どうでもいい”改正しか行ってこなかった。

 しかし、そんな総務省も今年に入りようやく重い腰を上げて「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を組成し、4月30日に第1回の会合を行った。実効性のある改正を期待したい。

野球選手のダルビッシュ有さんは「立派な集団リンチ」などと投稿した野球のダルビッシュ有選手はSNSでの誹謗中傷についてしばしば投稿している

削除と発信者情報開示には2回の裁判が必要

 では、実効性のある改正とは何をすべきか。まず、現状の発信者情報開示の仕組みについて説明し、その問題点を解説しよう。なお、その請求が認められるための権利侵害面の要件が厳しいという批判もあるが、表現の自由との兼ね合いから権利侵害の判断においてはある程度の厳しさは必要であり、最大の問題は権利侵害の要件は満たすのに手続きがうまくいかないという点にあることを強調したい。

Photoroyalty/Shutterstock.comSNSでの誹謗中傷に対して、被害者が法的にできることは何か Photoroyalty/Shutterstock.com

 理解の助けのために、Twitterで匿名の誹謗中傷を受け、この攻撃者を特定したいという事例を想定して説明する。なお、誹謗中傷というのは法令上の用語ではなく発信者情報開示請求権の行使のためには、法律上の権利・利益の侵害が必要であるため、名誉権が侵害されているケースを想定しよう。

 まず、被害者が最初にすべきなのは、具体的な権利侵害記事を特定することである。多数の誹謗中傷が来ているケースでも、発信者情報開示請求や削除請求は個々の記事について行うことが求められる。そこで、被害者にとってはつらいことだが、自身に対する攻撃のうち、法的対処の対象とする記事をピックアップしてゆかなければならない。

 その対象記事が決まったら、Twitterに対して削除と発信者情報開示請求を行う。これは、Twitterが用意しているフォームから行ってもよいが、基本的には任意に応じてもらえる可能性は低く、Twitterを相手とする裁判を申し立てることになる。

 なお、Twitter以外のサイトでの誹謗中傷についても、基本的には前述のプロバイダ責任制限法の原則もあり任意の対応は難しい。特に発信者情報開示を任意に行うサイト運営者は数えるほどしかないといってよく、加害者を調査しようとする場合には、ほぼ例外なく裁判を申し立てることになる。

 このTwitterなどサイト運営者相手の裁判は、「仮処分」という手続きをとる。これは通常の裁判(訴訟)よりも、迅速な手続きではあるが、海外事業者への裁判書類の送付などもあり、権利侵害が固いケースでうまくいっても1カ月程度、双方の主張を戦わせる場合には3カ月以上を要することもある。なお、削除や情報開示の裁判の場合、相手となるサイト運営者やプロバイダの多くは発信者の権利擁護のために厳しく争ってくる。そのため被害者側の申し立てのみで一方的に請求が認められるということではない。

 仮処分で被害者側の主張が裁判所にも認められれば、対象記事はTwitterにより削除され、その発信者情報が開示される。この情報は、サイト側が保有している各種情報のうち、プロバイダ責任制限法上で開示対象として認められたものが開示されることになる。Twitterの場合、アカウントへのログインに用いられたIPアドレスとログイン日時が開示されるのが現在の運用である。

 Twitterから開示されたら、その情報を分析して通信に用いられたインターネットサービスプロバイダを特定する。このプロバイダ(NTTドコモやニフティなど)は、発信者と直接契約を締結して、住所や氏名を把握しているため、第2回目の開示請求として、プロバイダに対して発信者の住所氏名等の開示請求を行う。

 しかし、プロバイダは

・・・ログインして読む
(残り:約2701文字/本文:約5265文字)