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〝分断のシンボル歌〟が今もうたい継がれる不幸 その1

【20】ザ・フォーク・クルセダーズ「イムジン河」

前田和男 翻訳家・ノンフィクション作家

 「イムジン河」をはじめて聞いたのは、いつだったろうか? たぶん大学2年のころ、当時の10代、20代にはもっとも身近かで重要な情報源であった深夜ラジオからだったと思うが、初めてのはずなのになぜか既視感ならぬ〝既聴感〟があった。

♪北の大地から南の空へ/飛び行く鳥よ 自由の使者よ
♪誰が祖国を二つにわけてしまったの
♪虹よかかっておくれ/河よおもいを伝えておくれ
♪イムジン河 水清く/とうとうと流る

ナンセンスとシリアスの〝きわみ〟同士の掛け算

拡大ザ・フォーク・クルセダーズ

 イムジン河とは南北朝鮮を分断する38度線付近を流れる「臨津江」。韓国では「イムジンガン」、北朝鮮では「リムジンガン」と発音される。歌詞の文脈からして、「南北に分断された半島の人々の望郷と〝一つの祖国〟への願いをこめた唄」である。

 それが共感をもって受け入れられたのは、折しも日韓闘争をへて、街頭ではベトナム反戦運動が燃えさかり、多くの若者たちの間に隣国の〝南北融和〟を期待する雰囲気があったからだろう。今では信じがたいことかもしれないが、半世紀前は「南」が軍事政権下の恐怖政治であったぶん、「社会主義国家」と呼ぶにはいささかためらいがあっても「北」がバラ色に見え、半島の融和に期待があったのである。ちなみにその2年後、赤軍派が「よど号」を乗っ取って目指したのも北朝鮮であった。

 しかし、この楽曲が若者たちの共感を呼んだのは、〝政治の季節〟という時代背景だけでは説明しきれない。同時代者の筆者の肌感覚からすると、それもあったかもしれないが、〝ナンセンスのきわみ〟と〝シリアスのきわみ〟のミスマッチのほうが、共感を呼んだ理由としては大きかったように思われる。すなわち、

 「♪天国よいとこ一度はおいで 酒はうまいしねえちゃんはきれいだ」

 のナンセンス・コミックソング「帰ってきたヨッパライ」でブレイクしたザ・フォーク・クルセダーズ(フォークル)が、その直後に、

 「♪誰が祖国を二つにわけてしまったの」

 の政治的メッセージソング「イムジン河」をリリースしたことによる〝ミスマッチ感のきわみ〟が、鬱憤と怒りを抱える若者たちにいっそう受けたのではないか。これがシリアス一途の岡林信康ら反戦フォーク一派が発信元だったら、これほどの共感を呼んだかどうか。

 補足を加えると、「帰ってきたヨッパライ」は単なるナンセンス・コミックソングではない。ビートルズの「グッドデイ・サンシャイン」のメロディを間奏に入れ込み、エンディングには般若心経の読経、そしてベートーベンの「エリーゼのために」でフェイドアウトするという意表をつく洗練された仕掛けが凝らされている。これを当時20代そこそこのアマチュア学生バンド上がりが生み出したとは驚異である。クレジーキャッツなどのその道のプロによる従来のコミックソングの底の浅さが見えてしまうではないか。

 片や「イムジン河」はというと、当時のプロテスト系のフォークにしばしば見られた単純な反戦平和ソングではない。半島の南北分断、それをうけた在日朝鮮人組織間の対立と葛藤、それに日本人はどう向きあうのか――というシリアスかつ複雑なテーマを問い掛けた挑戦的な楽曲である。

 まさにナンセンスとシリアスの〝きわみ〟同士が掛け算されたものであり、これは歌の世界を超えた社会的事件であった。

歌:「イムジン河」(ザ・フォーク・クルセダーズ)
 作詞:朴世永、松山猛(訳詞)、作曲:高宗漢
時:1968(昭和43年)
場所:京都の鴨川にかかる九条大橋のたもと、あるいは南北朝鮮の国境を流れる「臨津江」

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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

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