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【9】ドラマの王道と「青春の3B理論」

青春ドラマにしたいときは、とりあえず「3B」のどれかを出せばなんとかなります

中川文人 作家

ドラマには王道がある

 前回は「制作の仕事はすべて理詰めだ」という話をしました。私が上司からこう言われたのは20代のときです。そのときはどういうことなのかよくわからなかったのですが、コピーライターとして制作部に配属され、プロのデザイナーとコンビを組んで仕事をするようになり、「あー、こういうことか」とわかるようになりました。

 プロのデザイナーの表現には、すべて理由があったのです。罫の太さにも、文字の書体や大きさにも、写真を使うかイラストにするかにも、すべてに理由がありました。

 たとえば、今、私の机の上にはヨガ教室の新聞折り込みチラシがあるのですが、これを作ったデザイナーに、なぜ、このモデルはこのポーズを取っているのか、なぜ、背景にはこの写真を使ったのか、なぜ、キャッチコピーはこの色にしたのか、なぜ、教室名にはこの書体を選んだのか、と訊いたとしたら、デザイナーは「あー、それはですね」とすべての質問によどみなく答えるでしょう。プロの仕事とはそういうものなのです。

 「理由がある」というのはドラマのキャスティングも同じです。どんな登場人物にも、その人が登場しなければならない理由があります。

 斉田直世さんと私の「ツァラトゥストラの編集会議」には多くのロボットが登場しますが、彼らを起用した理由は前回お話しした通りです。編集部内で浮いた存在となっていたエディ君の印象を変えようと思ったのです。エディ君にはこういう友達がいるんだ、エディ君にはこういうバックボーンがあるんだ、エディ君はこういうロボットたちの代表なんだ、とすることで、エディ君と他の編集部員の関係を変えようとしたのです。

 この試みには大きな副産物がありました。ロボットという人間以外の知的生命体を出すことによって、人間が相対化され、人間至上主義批判、人類中心主義批判という新しい視座ができました。そして、そこから、動物とロボットが連帯して地球を守るために人間と戦うという『愛と幻想のロボット三原則』という物語も生まれました。

 「愛と幻想のファシズム」の1コマ目。

拡大作画:斉田和世

「愛と幻想のファシズム」

 が、これには副作用もありました。人間至上主義批判、人類中心主義批判が強まることで、「ツァラトゥストラの編集会議」が偏ったものになってきたのです。人間至上主義批判や人類中心主義批判が好きな人もいます。が、そういう人は、どこか偏ったところのある人です。だから、そういう人たちから高く評価されても喜んではいられません。

 それで私はこう考えました。「王道に戻さなければならない」と。「学問には王道はない」といいますが、ドラマには王道があります。ドラマの王道とは権力闘争、恋愛、青春の三つです。

 今、世界で最も多く上演されている演劇の演目は、シェイクスピアの「ハムレット」だという話があります。シェイクスピアがこの作品を書いたのは1600年頃です。それから400年以上の歳月が流れているわけですが、今もこの作品が上演されているのは権力闘争、恋愛、青春の三つの要素が入っているからでしょう。

青春は3Bが作る

 さて、「ツァラトゥストラの編集会議」をどうやって王道に戻すか。まずは、権力闘争を考えました。しかし、権力闘争の要素を入れるとますます

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筆者

中川文人

中川文人(なかがわ・ふみと) 作家

1964年生まれ。法政大学中退、レニングラード大学中退。著書に『身近な人に「へぇー」と言わせる意外な話1000』(朝日文庫)、『地獄誕生の物語』(以文社)、『ポスト学生運動史』(彩流社)など。本の情報サイト『好書好日』で「ツァラトゥストラの編集会議」の構成担当。総合誌『情況』にてハードボイルド小説「黒ヘル戦記」を連載中。

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