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ヒッチコックの超傑作『バルカン超特急』――戦慄とユーモアの絶妙なカクテル

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 前回論じた『三十九夜』と並ぶヒッチコック英国時代の最高傑作、『バルカン超特急』(1938、東京・シネマヴェーラ渋谷「ヒッチコック監督特集」で6月20日から上映)は、スリルとユーモアの絶妙なさじ加減といい、列車という移動空間の卓抜な活用といい、ヒッチコック・タッチが冴えわたるスパイ活劇だ。

来日時のアルフレッド・ヒチコック=1960年4月20日、神奈川県の箱根富士屋ホテル

拡大来日時のアルフレッド・ヒチコック=1960年4月20日、神奈川県箱根の富士屋ホテル

――舞台はナチス・ドイツを想わせる中欧の架空の国、バンドリカ。休暇を終え、結婚式を挙げるために特急でロンドンに向かう美しいヒロイン、アイリス(マーガレット・ロックウッド)が、バンドリカと英国の奇っ怪なスパイ合戦に“巻きこまれる”という、ヒッチコック十八番の展開である。

 事件のカギを握るのは、アイリスがホテルで知り合った、音楽教師の小柄な老婦人ミス・フロイ(デイム・メイ・ウィッティ)。彼女はじつは英国の諜報部員で、アイリスと列車内で同じコンパートメントで向かいあわせの席になるが、やがて忽然(こつぜん)と姿を消す。ミス・フロイのいた席には、むっつりとした見知らぬ女、クマー夫人(ジョセフィーヌ・ウィルソン)が座っていた。

 アイリスは同乗していた他の客に、ミス・フロイのことを尋ねる。だが、エレガントで高名な脳外科医ハルツ博士(ポール・ルーカス)も、奇術師ドッポ(フィリップ・リーヴァー)やその妻子も、いかめしい男爵夫人(メアリー・クレア)や立身主義者の弁護士トッド・ハンター(セシル・パーカー)とその愛人(リンデン・トラヴァース)も、はたまた尼僧の恰好をしているがハイヒールを履いた奇妙な女(キャサリン・レイシー)も、みな申し合わせたようにそんな婦人は知らないと言う。

 じつは、奇術師とその妻子、男爵夫人、偽の尼僧らは、ハルツ博士を首領とするバンドリカのスパイ団であり、一味はミス・フロイが小唄のメロディとして暗号化し“守秘”している機密情報――ヒッチコック的<マクガフィン>(後述)の典型――を狙っており、彼女を車内のどこかへ拉致したのだった。

 そうとは知らぬアイリスは、音楽研究家の青年ギルバート(マイケル・レッドグレーヴ)とともに、度胸満点のヒッチコック的“素人探偵”となって真相究明に乗りだす(最初はアイリスとギルバートの仲は険悪だが、協力して行動するうちに二人は惹かれ合い……という、『三十九夜』のロバート・ドーナットとマデリーン・キャロルの道行き同様の、ロマンティック・コメディの王道を行くシック(粋)な展開も最高)。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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