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ヒッチコックの超傑作『バルカン超特急』――戦慄とユーモアの絶妙なカクテル

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

身体のアクションによって真相に迫る

 ところで『バルカン超特急』にも、ミス・フロイの失踪をめぐるいくつもの謎が設定されている。したがって、アイリスとギルバートによる謎解きのシーンは皆無ではない。しかし、多くのヒッチコック作品がそうであるように、素人探偵の二人は、訳知り顔の“安楽椅子探偵”とは対照的に、行動力と知力を両輪にして謎を解いていく。あるいは“謎の人物”がみずから正体をあらわにすることで、謎はひとりでに解(ほど)けていく(『三十九夜』のジョーダン教授/ゴッドフリー・タール同様、善人の仮面をかぶったエレガントな悪党のハルツ博士/ポール・ルーカスは、脳を麻痺させる薬を入れたワインで二人を眠らそうとするとき、みずから正体を明かす)。

 よって、賢(さか)しらなセリフによる推理のシーンはほとんどない。前面に出るのは敵味方双方の意表をつく言動、ないし活劇的アクションだ。そしてそれによって、スリルとサスペンスは加速度的に高まっていき、シチュエーションもめまぐるしく変転していく。つまるところ、『バルカン超特急』の魅力の核心は、『三十九夜』におけるのと同様、パズル・ゲームのような知的遊戯ではない、描写のダイナミズム/運動がもたらすエモーション、すなわちヒッチコック的サスペンスである(前稿参照)。

 たとえばアイリスとギルバートが、奇術の道具が置かれている貨物車に行くシーン。そこで二人は、同乗のドッポが人間を隠すマジックを操る奇術師であると知る。そしてアイリスが、床に落ちていたミス・フロイの眼鏡を見つけたとき、ドッポが不意に現われる。二人はドッポと格闘になる。もみ合いの末、二人はドッポを奇術用のトランクに閉じこめるが、蓋を開けるともぬけの殻。ここでは、格闘、および商売道具を使ったドッポのトランクからの脱出といった一連のアクションとともに、彼の正体が明らかになるわけだ。

 また、ハルツ博士の重症患者として包帯で全身を巻かれたミス・フロイを、アイリスとギルバートが発見する場面。そこで二人は、包帯を解いてミス・フロイを助け出すと、身代わりにクマー夫人に包帯を巻いて患者に仕立てるという、ドッポのお株を奪うような“マジック”をやってのける(観客に考える暇を与えない、ほとんどブラック・ユーモア的荒技)。あるいはミス・フロイの件を乗客たちに訴えようとして、列車を非常停止させるアイリスの大胆な行為。さらにまた、ギルバートが疾走する列車の窓づたいに隣のコンパートメントへ移るところでは、対向の列車が突進してきて彼の肩をかすめるという瞬間を、カメラは戦慄的に示す。――というふうに、謎に直面したアイリスやギルバートは、言葉による推理ではなく、あくまで身体のアクションによって真相に迫ろうとするのだ。

アルフレッド・ヒッチコック『バルカン超特急』 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The-Lady-Vanishes-1938.jpg拡大アルフレッド・ヒッチコック『バルカン超特急』 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The-Lady-Vanishes-1938.jpg

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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