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柄谷行人と見田宗介の思想には、コロナ禍の混乱から抜け出すヒントがある

閉じざるを得ない今こそ、外部に遍く劈(ひら)く思想のフレクシビリティが不可欠だ

今野哲男 編集者・ライター

二人を結びつける「外部」への開放性

 ことさらにそんなことを言う理由は二つある。一つ目は、二人を類まれな先達と認じる大澤真幸との対話で当人たちが見せる、受け答えの率直で外連味のない面白さであり、二つ目は、その中身を前提に執筆された大澤によるそれぞれのインタビューの「イントロダクション」と、インタビュー後に置かれた終章「交響するD」に込められた、テンションの高さだ。もちろん、どちらにも、外連味のなさやテンションを支えて余りある、数学的と言っていいほどの論理的な裏付けが施されているのだが。

大澤真幸拡大大澤真幸

 その面白さとテンションの魅力をそれぞれ一言でまとめると、前者からは「二人の論理には、‘内部’から‘外部'へ至るアクロバティックな開放性があること」が、後者からは、大澤が「二人の論理には接合可能な共通点があると確信していること」が伝わってくるということになる――ちなみに「交響するD」の‘D'とは柄谷が『世界史の構造』(岩波書店、2010年/岩波現代文庫、2015年)で述べた「交換様式D」から、‘交響する'とは見田の『社会学入門――人間と社会の未来』(岩波新書、2006年)で述べた「交響圏とルール圏」から来ている。

 「交換様式D」と「交響圏とルール圏」が具体的にどういうことなのかについては、煩雑になるので、ここでは省略するが、それぞれの「イントロダクション」(「交換様式論とは何か」/柄谷の章、「「価値の四象限」と「気流の鳴る音」」/見田の章)と、「インタビュー本体」(「『世界史の構造』への軌跡、そして「日本論」へ」/柄谷の章、「近代の矛盾と人間の未来」/見田の章)の中で、大澤が読者向けに居住まいを正してわかりやすく語っているから、できれば参照してほしい。

 で、ここで付け加えたいのは、戦後を縦断してなされてきた二人の到達点が、それぞれの入射角によって違った経路を辿りながら、大澤の言葉を借りれば、二人は「戦後というコンテクストからの自由度においてもずば抜けて」おり、「戦後日本でしか意味がないようなことを語ったり、書いたりしてきたわけで」はなく、「戦後の日本人に向けてだけ理想を送り出してきた」ものでもないということだ。

 つまり、「西洋をはじめとする海外の思想から一方的に影響を受けた産物ではなく、それらと創造的に、そして対等に相互作用する思想」であること。言葉を換えてもう一度強調すれば、二人は所与の条件の下で、一貫して思想的な「外部」と「境界」の視点を失うことがなかったということだ。

 では、それが、今ことさらに大事に思われるのは何故なのか。「外部」と「境界」が大事なことなど、概念的にはステロタイプともとられかねない当然のことであるはずなのに。

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筆者

今野哲男

今野哲男(こんの・てつお) 編集者・ライター

1953年生まれ。月刊『翻訳の世界』編集長を経てフリーに。「光文社古典新訳文庫」に創刊以来かかわり、また演劇体験をいかして『セレクション 竹内敏晴の「からだと思想」』全4巻(藤原書店)などを編集。著書に『竹内敏晴』(言視舎評伝選)、共著に森達也との『希望の国の少数異見』(言視舎)、インタビュアーとしての仕事に、鷲田清一『教養としての「死」を考える』、吉本隆明『生涯現役』(以上、洋泉社)、木村敏『臨床哲学の知』(言視舎)、竹内敏晴『レッスンする人』(藤原書店)、『生きることのレッスン』(トランスビュー)など。現・上智大学非常勤講師。