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「コロナ後の世界」に思うこと――「不要不急」の本とネット記事から

松本裕喜 編集者

ウイルスと感染症

 そもそもウイルスとは何か。山内一也『ウイルスの意味論――生命の定義を超えた存在』(みすず書房)によると、牛の伝染病である口蹄疫やタバコの葉に斑点のできるタバコモザイク病の原因として、ウイルスが19世紀末に発見された。天然痘やエボラ出血熱、インフルエンザやノロウイルスが代表的なものだ。

 ウイルスは、数十億年にわたり生き物とともに歩んできた「生物」ではあるが、細胞の外では活動できない「物質」でもある。外界では感染力を失ってすぐに死ぬが、条件さえ整えば数万年の凍結状態の後でも復活する不思議な存在である。

 ウイルスは生物と無生物の境界に位置し、現行のコロナウイルスのように世界的流行を引き起こす病原菌であるとともに、人間のDNAにもその遺伝情報が組み込まれ一部は生命活動にもかかわっている。人間との敵対と共生の境界に位置しているのがウイルスなのだ。

 人間の「体にも、腸内細菌や皮膚常在菌などに寄生する膨大な数のウイルスの存在することが明らかになりつつあり、一部はわれわれの健康維持にかかわっている可能性がある」「われわれは、ウイルスに囲まれ、ウイルスとともに生きている」と著者はいう。

 また感染症については、山本太郎『感染症と文明――共生への道』(岩波新書)がウイルスをはじめ細菌や寄生虫のもたらす感染症を文明史的に考察、素人にも面白い話が数多く紹介されている。

山本太郎・長崎大学熱帯医学研究所教授(国際保健学、熱帯感染症学)拡大山本太郎・長崎大学熱帯医学研究所教授(国際保健学、熱帯感染症学)

 農耕による定住と集団生活が人の感染の機会を拡大し、さらに野生動物の家畜化によって、天然痘は牛から、麻疹は犬から、インフルエンザは水禽(アヒル)から、人に感染していった。インドのカースト制は感染症を防ぐシステムだったのではないかとみる見方もあるらしい。ぺストは中国が起源で、シルクロードを通ってユスティニアヌス帝下の東ローマ帝国を襲い、またインカ帝国は旧世界の持ち込んだ感染症で崩壊した、等々。感染症を撲滅するよりは共生をとの提言にも説得力があった。たとえばエイズウイルスの場合、もし潜伏期間を100年にまで延長できれば、新たなウイルスに対する防波堤になるというのだ。

 2003年のSARSの記述では、「3月24日、アメリカ疾病管理センター及び香港の研究者は、新型のコロナウイルスが患者から分離されたと報告」とある。そして、「SARSを引き起こしたウイルスは永遠に消えてしまったのか、あるいは、自然界のどこかで深い眠りについているだけなのか。物語は終わったのか、次の舞台が開くのを待っているのか、現時点では、誰にもわからない」と新型コロナの未来を推し量っている。実際、このコロナウイルス(SARS)は17年後、今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)として変容しつつ復活したのである。

 今年4月に出版された託摩佳代『人類と病――国際政治から見る感染症と経済格差』(中公新書)は国連の保健機関WHOについて詳しい。第一次世界大戦の塹壕にいた兵士たちにマラリアとインフルエンザ(スペイン風邪)が蔓延したことから国際保健協力の必要性が国際政治の場で自覚されるようになった。第二次世界大戦では、サルファ剤、ペニシリン、抗マラリア薬クロロキン、DDTなどの感染症対策薬が開発され、戦場で活用された。二つの世界大戦のあと、1948年に世界保健機関(WHO)がジュネーブに設立され、天然痘、ポリオ、マラリアなどの感染症の根絶がめざされたが、成功したのは天然痘のみである。

 近年のパンデミックには、エイズ(HIV)、SARS、エボラ出血熱、新型コロナウイルスがあり、これら新しく認識された感染症は「新興ウイルス感染症」、最近日本で流行したデング熱やはしか(麻疹)など既に知られていたウイルスによる感染症は「再興ウイルス感染症」と呼ばれる。新興ウイルス感染症の流行はウイルスの突然変異(性質が変わること)によるものだという。1970年代ストレプトマイシンやペニシリンなどの抗生物質やワクチンの登場で感染症はもはや脅威ではないと思われていた時期もあったが、その後も新興・再興ウイルス感染症は人類社会に深く浸透していった。われわれは感染症の時代を生きているのである。

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筆者

松本裕喜

松本裕喜(まつもと・ひろき) 編集者

1949年、愛媛県生まれ。40年間勤務した三省堂では、『日本の建築明治大正昭和』(全10巻)、『都市のジャーナリズム』シリーズ、『江戸東京学事典』、『戦後史大事典』、『民間学事典』、『哲学大図鑑』、『心理学大図鑑』、『一語の辞典』シリーズ、『三省堂名歌名句辞典』などを編集。現在、俳句雑誌『艸』編集長。本を読むのが遅いのが、弱点。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです