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60年安保から60年。〝敗北のレクイエム〟が今に語り継ぐものとは その2

【23】西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」

前田和男 翻訳家・ノンフィクション作家

 全学連反主流派の指導者や活動家、一般学生や労働者たちの証言からも、どうやら60年安保闘争の参加者の多数は、「敗北も挫折」もなく、「アカシアの雨――」をレクイエムとして歌うこともなかったことは明らかである。ということは、この唄に共感し、場末のバーでヤケ酒をのんで有線放送にリクエストを繰り返し、「アカシアの雨――」を歴史的ヒットに押し上げる奇跡を起こしたのは、全学連主流派のごく一部のリーダーとシンパたちだったことになる。

拡大樺美智子さんが亡くなった全学連と警官隊の衝突から一夜明けた国会正門前=1960年6月16日

〝同床同歌〟を夢見て、〝同床異歌〟に挫折おぼえる

 この尻すぼみの結末をどう評すべきだろうか。

 一部急進主義の必然的帰結だと突き放すべきだろうか。私は断じてそうは思わない。たとえ一部の〝特殊な人々〟の〝特殊な物語〟であったからといって、いやむしろ一部の〝特殊な人々〟の〝特殊な物語〟だったがゆえに、60年安保をめぐる構図を立体的に浮かびあがらせることができるからである。

 6月19日午前零時の新安保条約の自然成立をもって、60年安保は昭和の妖怪・岸信介との激闘に敗北しただけではない。反対運動に参加するなかでガス抜きされてしまった「大衆」と指導部との関係づくりにも敗北したのである。彼らの「挫折」とは、この二つの敗北がかけあわされたところから生み出されたものだった。全学連主流派自身による安保闘争の総括としてしばしば引用される「壮大なゼロ」とはその謂いなのだろう。

 参加者したほぼ全員が、いや過半数でもいいから、安保闘争を敗北と認め、挫折を味わったのであれば、指導部としては納得もできる。ところが、のべで560万人もの人々のほとんどが敗北も挫折も感じず、運動からきれいさっぱり引いて行った。現実の労働者や一般学生が「革命的でない」ことは、島成郎や青木昌彦や唐牛健太郎ら全学連主流派のリーダーたちもとっくに知っていたはずである。だからこそ、学生が先駆者となって「一般大衆」の意識を変えるという「先駆性理論」に賭けたのであろう。しかし、笛吹けどほとんどの学生・労働者は踊らなかった。それどころか、国会を囲んでアンポハンタイ! のシュプレヒコールを上げていた彼らは、翌年には、折から流行りはじめた、

 ♪チョイト一杯のつもりで飲んでいつの間にやらハシゴ酒(ハナ肇とクレジーキャッツ「スーダラ節」1961年8月)

 を能天気に口ずさみながら、岸信介の後の首相の座を襲った池田勇人の所得倍増政策を下支えていくのである。「大衆」のなんたる調子のよさ! 闘いに敗れた全学連主流派のリーダーたちの脳裏には、芥川龍之介の、

 「誰よりも民衆を愛した君は、誰よりも民衆を軽蔑した君だ」(『或阿呆の一生』)

 がよぎったかもしれない。彼らの敗北と挫折感は、まさに「♪このまま死んでしまいたい」ほど深いものだったはずである。

 その中から生まれたのが「アカシアの雨――」への共感であり、逆にいうと「アカシアの雨――」は60年安保の本質をえぐり出す恰好の手がかりといえるのではないか。

 だとすれば、60年安保を指導した全学連主流派のリーダーたちの最大の功績は、「アカシアの雨がやむとき」を戦後歌謡の歴史的代表歌にしたことであると「総括」したら、泉下の大先輩たちから何といわれるだろうか? 「聞いたふうなことを言うな」と〝左翼破門状〟をつきつけられるだろうか。

 思えば、私たちポスト60年安保世代は端(はな)から「大衆」をアテにしていなかった節がある。それゆえその闘いの結末は、「敗北と挫折」ではなく、「自滅と自壊」であったのかもしれない。そして、「網走番外地」にしろ「夢は夜ひらく」にしろ、すでに歴史的な歌であったものをちゃっかり「鎮魂歌」に〝借用〟したにすぎない。「アカシアの雨――」を自らの鎮魂歌としてゼロから歴史的歌に押し上げた営為には遠く及ばない。そう申し開きを付け加えたら、大先輩たちは許してくれるだろうか。

歌:西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」
 作詞:水木かおる、作曲:藤原秀行
時:1960(昭和35)年6月
場所:国会議事堂南通用門

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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

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