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米政治の底流の変化を描いた『ニクソンのアメリカ』(松尾文夫)

ニクソンとトランプ。半世紀を隔てた2人のアメリカ大統領の共通点とは

三浦俊章 朝日新聞編集委員

人口動態の波が白人優位を終わらせる

 『ニクソンのアメリカ』でニクソンの「南部戦略」を詳細に分析した松尾文夫は、同書が岩波現代文庫で復刊されるのに合わせて、「トランプとニクソン」という付章を書き下ろした。その中で、著者はニクソンとトランプの共通点を次のように記す。

 ひとつは、深いコンプレックスと強烈な自己顕示欲である。もうひとつは、両者とも社会の亀裂を前提として政治戦略を組み立てていることだ。特定の選挙民を自らの支持層として囲い込む戦略である。ニクソンの場合もトランプの場合も、白人中間層あるいは中下層に焦点をあて、暗示的に人種カードを使って、社会の分断を利用した。

 ただし松尾は、トランプ大統領が囲い込もうとする白人労働者はグローバリズムから取り残された集団であり、かつての「南部戦略」が持っていたアメリカ政治のインフラを作り替えるような壮大なビジョンが、トランプ氏にないことを指摘する。

 このトランプとニクソンの比較論は、著者松尾が2019年2月に訪問中のアメリカで病死したため、惜しくも草稿のまま終わっている。もし、著者が存命で今のアメリカの「黒人の命も大事だ(Black Lives Matter)」の抗議活動を見たら、何を書き加えただろうか。これは想像の域を出ないが、ニクソンが始めた南部戦略が生んだ「共和党多数派の時代」の終焉を語ったかも知れない。

 以下は筆者の私見だが、アメリカの人口動態という視点から、共和党の盛衰を語ることが可能だろう。ニクソンが着目したのは、第2次世界大戦後に産業化が進み、白人人口が急増した南部がアメリカ政治の潮流を変える可能性である。

 白人中間層に狙いを絞った「南部戦略」は、当時は確かに効果が大きかった。しかし、そのアメリカでは現在、ヒスパニック、アジア系、黒人など、かつての少数派が人口比で増え続け、2045年には白人が少数派に転落するという予測がある。トランプを支える白人層には、そうした少数派への転落の恐怖が間違いなくあるのだ。

拡大白人層を支持基盤とするトランプ大統領= 2020年2月26日、ランハム裕子撮影

 6月25日に公表されたニューヨーク・タイムズ紙の世論調査では、民主党のバイデン氏の支持が50%なのに対して、現職のトランプ氏は36%で、差は14㌽に開いた。コロナ禍が続く中で、人種の違いをあおって自らの基盤である白人層だけに頼るトランプ戦術は壁にぶつかっている。多様性を重んじるリベラルに、単純に数で勝てなくなっているのだ。

 トランプ大統領が再選に失敗すれば、それは単なるトランプ個人の敗北にとどまらない。ニクソンの「南部戦略」に始まる共和党多数派時代の終焉を意味するかもしれない。人口動態の新たな大きな波が、アメリカの政治地図を塗り替えようとしている。

『ニクソンのアメリカ』
1972年4月にサイマル出版会から単行本『ニクソンのアメリカ』として刊行された。2019年10月に岩波現代文庫から『ニクソンのアメリカ アメリカ第一主義の起源』(1620円+税)として復刊。旧著の一部を割愛し、著者がその後発表したニクソン関係の論文や現代文庫のための新たな原稿を収めている。解説は西山隆行・成蹊大教授。

松尾文夫(まつお・ふみお)
1933年生まれ。祖父は2・26事件で岡田啓介首相の身代わりとなって殺された松尾伝蔵大佐。学習院では平成天皇のご学友のひとりであった。共同通信社のニューヨーク、ワシントン各特派員(1964~69年)、バンコク支局長(1972~75年)、ワシントン支局長(1981~84年)などを歴任。共同通信マーケッツ社長などを経て、2002年にジャーナリスト復帰。著書に『銃を持つ民主主義』『オバマ大統領がヒロシマに献花する日』など。2017年度の日本記者クラブ賞受賞。2019年2月、日本とアジアとの和解をテーマにした取材で米国訪問中に客死した。享年85歳。

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筆者

三浦俊章

三浦俊章(みうら・としあき) 朝日新聞編集委員

朝日新聞ワシントン特派員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーター、日曜版GLOBE編集長などを経て、2014年から現職。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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