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『日本の最終講義』――閉じた瞬間から23人の「声」がこだまする本

松澤 隆 編集者

1960年代と1990年代の「ヤマ」

 本書には「ヤマ」が2つある。いわば23座いずれも「主峰」であり、師承間の高低もないが、明らかな「連山」が確認できる。前半際立つのは、桑原武夫≪人文科学における共同研究≫(1968)、貝塚茂樹≪中国古代史研究四十年≫(1968)、清水幾太郎≪最終講義 オーギュスト・コント≫(1969)。

 特に桑原・貝塚は、京都大学で1日違いの講義という妙味もある。だが、彼ら親和性の強い姉妹峰の(親炙した研究者や盟友との交流も含む)麗しさと、後者の、登壇者も主題も(孤絶か孤高かは措くとして)孤峰としか言いようのない面白さの、コントラスト。半世紀後のいま、麗しさや面白さが、あの時代の教養人世界の美質と、時代を超えた研究者世界のしがらみと無縁でないことも、我々は仄聞している。山々の陰翳は、さらに深まる。

 後半のヤマは、江藤淳≪SFCと漱石と私≫(1997)、網野善彦≪人類史の転換と歴史学≫(1998)、木田元≪最終講義 ハイデガーを読む≫(1999)。専門研究者としての高名以上に、景気よろしき往年の出版界を渋く彩った有力著者3座の並びは壮観だ。

 中でも、江藤の慶應SFC(Shonan Fujisawa Campus)の講義は、書籍への掲載は今回初めてで(初出はPHP研究所「Voice」1997年4月号)、編集者の意欲に快哉を叫びたい。20年勤めた東工大では『漱石とその時代』を書き継げなかったが、<慶應に帰って七年間で三部、四部が書けた>という一節には噴き出した。そこに「笑」はないが全体に苦笑を誘う内容であり、高雅な講義も聳える本書に連なったことが、(読者は大満足ながら)誇り高き江藤には果たして「以って瞑すべき」だったかどうか。鴻恩ある慶應を停年1年前(64歳)で辞し、<七十まで置いてくれる>大正大へ移ると宣言した江藤が自裁するのは、この2年後だ。

江藤淳拡大江藤淳=1993年

 木田の講義は、すでに同じ版元の文庫(『木田元の最終講義――反哲学としての哲学』角川ソフィア文庫)で読めるし別の著書とかぶる内容だが、志ん生の「黄金餅」を聴き飽きないように、何度読んでも愉しい。

 網野にも、その趣はある(木田が志ん生なら、網野は話柄の豊かさとあの美声ゆえ、圓生か)。しかし、出典『網野善彦対談集1 歴史観の転換』(岩波書店)の掉尾として読むよりも、江藤と木田の間で読むことで、ずっと胸に響く。そして、<思いこみや知ったかぶりを絶対しないということが大事>という一節にハッとする。

 網野と親しかった阿部謹也の≪自画像の社会史≫も、素晴らしい。場所が東京藝術大学で、一瞬「?」となるが、明示された出典『阿部謹也 最初の授業・最後の授業 附・追悼の記録』(日本エディタースクール出版部)に当たって得心する。これは、2006年5月25日<NHKの番組企画の一環として東京藝術大学で行われた美術学部特別講演>のための講義用ノート。同年9月4日、阿部は逝去した。学長を務めた一橋大でも共立女子大でもなく、ゆかり深い小樽商科大でもなく、東京藝大の特別講演が最後で、主題が「自画像」。このことによって、阿部という教養人の魅力はいっそう光を放つ。デューラー、レンブラント、フリーダ・カーロ、村山槐多などの図版も、その輝きを高めているといっていい。

阿部謹也拡大阿部謹也=1993年

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筆者

松澤 隆

松澤 隆(まつざわ・たかし) 編集者

みすず書房で出版営業、表現研究所(現・小学館クリエイティブ)で編集全般、春秋社で書籍編集に従事し、その後フリー。企画・編集した主な書籍は、佐治晴夫『からだは星からできている』『14歳のための時間論』、小山慶太『星はまたたき物語は始まる』、鎌田浩毅『マグマという名の煩悩』、立川談志『世間はやかん』など(以上すべて春秋社刊)。