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『日本の最終講義』――閉じた瞬間から23人の「声」がこだまする本

松澤 隆 編集者

「23人」以外に候補はあり得たか

 こうした「アンソロジーもの」の宿命として、いかに充実した陣容で臨んでも、「この人を入れるなら、あの人は?」とつぶやく向きもあるだろう。編集を担当した大林哲也さんの、<収録したかった湯川秀樹氏などは、新聞報道はあるのですが、残念ながら活字になったものを見つけることができませんでした>(「週刊文春」5月21日号)という言葉にも、刺激をうけた。そこで、お目にかかってお話をうかがった。

本書を企画し、自ら担当した大林哲也編集長拡大本書『日本の最終講義』(KADOKAWA)を企画し、自ら担当した大林哲也編集長=筆者撮影
 まず選択の大前提として、戦後の著名研究者に絞り、かつ物故者に限ったという。「最終講義」を講じ終えた高名な方であっても、健在ゆえに採用を控えた例もあるわけである。逆に、掲載を切望しながら、上記の湯川のように活字化されたものが未発見、あるいは、そもそも「最終講義」をしていない(とされている)故人もいるという。たとえば、井筒俊彦。梅原猛。岡潔。白川静。丸山眞男。

 「じつは、ヒントになった先行本があります。そちらは当時健在の方も載せています」と大林さんが教えてくれたのが、『最終講義』(実業之日本社、1997年刊)。収録は18人で、角川版とは7人が共通する。実日版の健在者6人で角川版では故人となって重なるのが中村元、芦原義信、鶴見和子の3人。実日版も講義順なので、過去の年代は連名で重なるのだが(大塚久雄、桑原武夫、貝塚茂樹、清水幾太郎の4人)、開くと、よほど印象が違う。一言でいえば、読みづらい。冒頭には中村真一郎の辰野隆追想を掲げ、巻末を坪内祐三の解説で締めるという贅沢な構成であり、500ページ超えの立派な上製本なのだけれど、書体や組み方など、今の目でみると、ややそっけない(これで当時4300円だと、個人で手は出ないです)。

実業之日本社『最終講義』の目次拡大実業之日本社『最終講義』の目次
KADOKAWA版(右)と実業之日本社版(左)の本文比較。中村元「インド思想文化への視角」冒頭ページ拡大KADOKAWA版(右)と実業之日本社版(左)の本文比較。中村元「インド思想文化への視角」冒頭ページ

 本書でも当初「解説」を考えてはみたと大林さんはいう。だが、いざとなると現時点で掲載者を的確公正に論じられる(「23人」の選択方針にも当然関わってくる)執筆者が、思い浮かばなかった。また、「本当は人文系と自然系、2分冊で出したかったし、今でもそう思う」と本心を口にされる一方、「数年後、こうした企画が実現できるかどうか」と自問された。

 大出版社の学芸部門を束ねる編集長ならではの強い挑戦意欲であり、日々、当代の碩学と話し、俊秀の動向にも目配りを続けていればこその、冷静な分析の表明だと思う。

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筆者

松澤 隆

松澤 隆(まつざわ・たかし) 編集者

みすず書房で出版営業、表現研究所(現・小学館クリエイティブ)で編集全般、春秋社で書籍編集に従事し、その後フリー。企画・編集した主な書籍は、佐治晴夫『からだは星からできている』『14歳のための時間論』、小山慶太『星はまたたき物語は始まる』、鎌田浩毅『マグマという名の煩悩』、立川談志『世間はやかん』など(以上すべて春秋社刊)。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです