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コロナ禍の休業補償と市民の権利制限の前提を再考する

「マイルドで不気味な緊急事態宣言」解除後の感染拡大を受けて

高原耕平 人と防災未来センター主任研究員

 新型コロナウイルスの感染者数が再び漸増している。緊急事態宣言解除後も多くの業種が制約を受けており、感染抑止のために自粛要請の範囲がさらに広がるかもしれない。

東京・池袋の繁華街では、豊島区の「繁華街警備隊」が新型コロナウイルス感染拡大への注意などを呼びかけていた=2020年7月3日東京・池袋の繁華街では、豊島区の「繁華街警備隊」が新型コロナウイルス感染拡大への注意を呼びかけていた=2020年7月3日

 その際に問題となることの一つが休業に対する補償である。国と都道府県による単発の給付金が制度化されたが、今後コロナ禍が長引くだろうことを考えると十分ではない。他方で休業期間や従業員数に比例した補償は莫大な財政負担となる。かといって補償や給付が不十分であれば経営者や労働者は営業を続けざるをえず、感染症対策の徹底を欠くこととなる。また、外出や営業の制限は市民の権利を制限することにほかならない。

 2つの立場の板挟みになることを「ジレンマ」というが、わたしたちは生活・財政・感染症対策・人権の「テトラレンマ」に囲まれている。

 この問題を解く妙案は無いが、事態のつぎの急変に飲まれないために、いくつかの基本的な論点に立ち戻って考えてみたい。具体的には、(1)そもそもなぜこれまで休業補償は実施されていないのか。(2)「緊急事態」として営業や移動といった市民の権利を国家が制限することは、どのような条件を満たす場合に限り可能となるか。この2点を以下で考えてみる。

1 休業補償欠落の論理

 今回の緊急事態宣言における「自粛要請」や「指示」は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下、新型インフル特措法)の規定による。本法は2009年の新型インフルエンザ流行の経験から制定された法律だが、今回の新型コロナウイルスに対しても2年の期限付きで適用されている。

福岡市民病院に発熱外来設置、チェックを受ける来院者 新型インフルエンザ  
写真説明 入院患者の面会に訪れた人たちが、発熱外来で検温を受けていた 2009年5月新型インフルエンザの流行で、福岡市民病院では発熱外来を設置、入院患者の面会に訪れた人たちが検温を受けた=2009年5月

 新型インフル特措法第45条では、「特定都道府県知事は(……)当該特定都道府県の住民に対し、(……)生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる」として住民への外出自粛を知事が「要請」することができるとする。また同2、3項では学校・福祉施設・興行場などに対して施設使用の制限や停止を知事が要請・指示できることを定める。

 これらはいずれも「要請」「指示」にとどまり、また罰則規定も休業への補償規定も設けられていない。その理由を、法律制定時の国会での議論から探ってみよう。休業に対する補償の規定が必要ではないかという野党議員の質問に対し、中川正春・内閣府特命担当大臣(当時)は次のように答えている。

 「学校、興行場等の施設の使用が新型インフルエンザ等の大規模な蔓延の原因となるということから、制限が実施をされるということ。それから、本来、危険な営業行為等は自粛されるべきものであるというふうに考えられるということ。それから、新型インフルエンザ等緊急事態宣言中に潜伏期間等を考慮してなされるものであって、その期間は一時的であるということ。最後に、学校、興行場等の使用制限の指示を受けた者は、法的な義務を負いますけれども、罰則による担保等によって強制的に使用を中止させるものではないということ。こんなことから、権利の制約の内容は限定的であるというふうに考えまして、先ほどのような結論に達しています」(2012年3月23日、第180回国会・衆院内閣委員会第5号)。

 「また、その期間も一から二週間程度に限定されたものであるということなので、使用の制限は通常受忍すべきものと考えているということであります」(2012年4月17日、同・参院内閣委員会第7号)

 この答弁について注目したいことが2点ある。まず2012年当時は休業期間を2週間程度と想定していたことだ。

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