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若者旅行の象徴『地球の歩き方』

 日本で新しいスタイルの若者の旅が生まれたのもこの頃だった。

 ヨーロッパから来るチャーターフライト(貸し切り便)のフェリー便(客のいない往路・復路便)に最初に着目したのは、海外旅行研究会、JISU(日本国際学生連合)などの学生団体、大学生協連合会などである。彼らは、こうした空便から生まれる団体割引チケットでパッケージツアーを仕立てた。大阪万博に飛来したジャンボジェットのフェリー便が最初の標的になった。

 またこうした動きの中で、1973年の秋、ダイヤモンド・ビッグ社が企画し、翌年の春催行した「自由旅行」は、アメリカとヨーロッパの二つのコースで学生を現地に送り出し、1カ月程度の期間、自由な旅をさせるという旅行商品だった。そのコンセプトは「長期・低予算・周遊の旅」。拠るべき情報がほとんどない中で、参加した学生たちは文字通り手探りで食事を求め、宿を探し、目的地を巡った。

 それぞれ腕に抱えきれないほどの情報と感慨を抱いて帰国した彼らは、それを“次の旅人”に伝えるべく体験記を寄せた。これが最初の『地球の歩き方』(1976、非売品)として

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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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