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『イップ・マン 完結』、心震わすカンフー映画の傑作

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 観ているうちに体が震えだし、涙が止まらなくなる。忘れかけていた、そんな映画本来の醍醐味を味わわせてくれるのが、ウィルソン・イップ監督、ドニー・イェン主演のカンフー映画、『イップ・マン 完結』(2019、中国・香港)である。

 タイトルどおり、実在の武術家イップ・マン(葉問:1893~1972)――ブルース・リーの唯一の師匠で詠春拳(えいしゅんけん)の達人――を主人公にしたシリーズ最終章(4作目)だが、すかした「アート系フィルム」や、「家族の崩壊」だの「生きづらさ」だのをこれ見よがしに露悪的に描くメンヘラ映画(?)に痩せ我慢して付き合っているうちに、私たち映画ファンの心も変によじれてしまったのでは……と邪推したくなるほど、『イップ・マン 完結』は“映画の初心”ともいうべきストレートな膂力(りょりょく)で、見る者をノックダウンする。

『イップマン 完結』 東京・新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開/配給:ギャガ・プラス/© 2019 Mandarin Motion Pictures Limited All Rights Reserved
『イップ・マン 完結』(イップ・マン/ドニー・イェン) 東京・新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開/配給:ギャガ・プラス/© 2019 Mandarin Motion Pictures Limited All Rights Reserved

 畢竟(ひっきょう)本作には、勧善懲悪、侠気(きょうき)、メロドラマ的葛藤、荒唐無稽、そして一見シンプルだが入念に練られた作劇によって生まれる、まるで20世紀前半の黄金期の映画さながらの強烈なエネルギーが渦巻いている(予定されていた5月8日公開が、新型コロナの影響で延期になり、7月3日にようやく封切られた)。

 最大の見どころはむろん、シリーズ前3作――『序章』(2008)、『葉問』(2010)、『継承』(2015)――同様、イップ・マン(ドニー・イェン)が敵を倒すユニークなカンフー/詠春拳だ。一見地味な、小刻みな動きで打撃、蹴り、防御を繰り返し、ここぞという瞬間に、投げ・飛び蹴り・必殺パンチ・固め技といった大技を決める中国武術だが、前作に続いて本作でも登場するブルース・リー(チャン・クォックワン)の京劇のアクロバット演技を受け継いだ、アアー、アチョー!と叫ぶ派手な詠春拳にくらべて、イップ・マン/ドニー・イェンのそれは、むしろ相手の攻撃を待つような、受けを主体にするミニマム(最小限)な動きの拳法だ。

 そしてそれが、イップの温厚で寡黙な性格――およびそれを表現するドニー・イェンの<受け>の芝居――にぴたりとシンクロしつつも、見せ場では確実に相手を撃破するので、グッとくるのだ(イップのトレードマークになった長袍(チャンパオ)を着た彼が、サンドバッグのような木の人形/木人椿(もくじんとう)を打って詠春拳の練習をするシーンは、なんとも格好いい)。

人間ドラマとカンフー活劇の融合

 さて、『完結』における起承転結や人物配置は、シリーズ中でも出色だ。――妻ウィンシン(リン・ホン)を病で亡くしてから数年後(1964)、香港で静かに暮らすイップ/ドニー・イェンのもとへ、アメリカで活躍する弟子、ブルース・リー/チャン・クォックワンからサンフランシスコで開催される国際空手道大会への招待状が届く。が、癌を宣告され、余命いくばくもないことを知ったイップは、大会への出席を躊躇するも、反抗期の息子チン(ワン・シィ)の留学先を見つけるために、サンフランシスコに向かう。

© 2019 Mandarin Motion Pictures Limited All Rights Reserved© 2019 Mandarin Motion Pictures Limited All Rights Reserved

 ところが、サンフランシスコの学校への華人の留学は、チャイナタウンにある中華総会の紹介状が必要だったが、移民3世で太極拳の達人である総会会長のワン(ウー・ユエ)や中国武術の師匠たちは、カンフーを西洋人に教えるという“掟破り”を行なっているブルース・リーを問題視しており、イップを冷たくあしらう。

 こうして、様々なしがらみが主人公の行く手をはばむ、というサブストーリーが丁寧に描かれるゆえ、ヤマ場のカンフー場面の熱量はいっそう高まるのだ。つまり、ともすれば活劇場面だけが焦点化されがちなカンフー映画にあって、『完結』では人間ドラマと活劇が見事に融合しているわけだ。

娯楽化された“人種差別に抗するアジア人”

 さらに、白人高校生らからイジメを受けているワンの娘である女子高生、ルオナン(ヴァンダ・マーグラフ)をイップが救うシーンや、大会後、空手着姿の西洋人の男たちから因縁をつけられたブルース・リーが、ヌンチャクを操り彼らを叩きのめす痛快なシーンなどが挟み込まれ、“東洋人vs西洋人”、ないし“西欧の抑圧=人種差別に抗するアジア人”というモチーフが次第に鮮明になる。

© 2019 Mandarin Motion Pictures Limited All Rights Reservedブルース・リー/チャン・クォックワン © 2019 Mandarin Motion Pictures Limited All Rights Reserved

 つまり肝心なのは、

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