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「伝える」流れのなかにあっての、芸なのだ

弟子をとって改めて思う

玉川奈々福 浪曲師

浪曲師の卵、曲師の卵

拡大玉川奈々福(左)と沢村豊子=多⽥裕美⼦撮影
 昨年3月に、初めての弟子をとりました。

 ほぼ同時期に、私を長年弾いてくださっている曲師の大ベテラン・沢村豊子師匠にも、三番目のお弟子さんが入りました。

 浪曲は、一人の芸ではありません。三味線と二人の芸です。

 しかも浪曲には、譜面がありません。

 浪曲師と三味線が、互いの呼吸をはかりながら、追いつ追われつ、ガチンコに組んで、一席を作り上げていくのです。

 毎回、セッションです。

 ですので、浪曲師の卵も、曲師の卵も、自分の師匠とお稽古するだけでは、稽古になりません。

 浪曲師の卵のお稽古にはお三味線が。曲師の卵のお稽古には、浪曲師が、必要です。

 5年前、豊子師匠に二番目のお弟子さんが入ったときに、私は初めて「稽古台」になりました。つまり、お弟子さんの稽古のために、うなる役目です。

 まずは、師匠である豊子師匠から、三味線の扱い方、撥(ばち)の持ち方、糸への当て方、糸の押さえ方を徹底的に教わります。それを間違えると、美しい音色が出ない。

 譜面がないと申しましたが、教えるメソッドもなければ、教則本らしきものも一切ありません。お弟子さんは、師匠の芸をひたすら見て、聴いて、身体にうつしとる。

 ある意味、一番確実な伝授かもしれないけれど、うつしとるのに、全感覚をフル稼働しなければなりません。

 師匠の芸を真似つつ、すぐにも浪曲師との稽古。うなる浪曲師に三味線を合わせるのだが、これまた浪曲師が、さまざまに注文を出す。

 音が弱い! ツボが違う!

 私の渡しかたをよく聞き分けなさい。私がこう、うなったら、この節に入るのだ。

 ここはこういう場面だから、こういう手を入れるのだ。

 こんな悲しい場面にそんな手を弾いてどうする。

 それじゃあ背中を押してない、足を引っ張る三味線だ。

 強弱のアクセントが違う。

 お弟子さんも大変です。師匠が二人いるようなもんです。

拡大沢村豊子に師事した曲師、沢村美舟=御堂義乗撮影
 でも、こちらも、仕事が忙しいときに、稽古のために商売の声を使うのは、辛いです。

 仕事のために、声を温存しておきたい。

 でも、未来の曲師を、育てなくちゃならない。

 浪曲に曲師は不可欠。稽古はしてやりたい、でも体力的にも大変、もう、弟子とるのって、こんなに大変なの……?

 そうやって育ったのが、いま、しっかり独立して多くの演者を弾くようになった、沢村美舟です。

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筆者

玉川奈々福

玉川奈々福(たまがわ・ななふく) 浪曲師

横浜市生まれ。出版社の編集者だった94年、たまたま新聞で浪曲教室のお知らせを見て、三味線を習い始め、翌年、玉川福太郎に入門。01年に曲師から浪曲師に転じ、06年、玉川奈々福の名披露目をする。04年に師匠である福太郎の「徹底天保水滸伝」連続公演をプロデュースして大成功させて以来、数々の公演を企画し、浪曲の魅力を広めてきた。

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