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宝塚歌劇、その本質である「愛」について

男役はなぜ「カッコよく」あらねばならないのか

天野道映 演劇評論家

 コロナ禍で休演が続いていた宝塚歌劇がようやく再開した。本拠地・兵庫県宝塚市の宝塚大劇場では7月17日から公演が始まり、東京都千代田区の東京宝塚劇場でも7月31日に開幕する予定だ。数カ月の「空白」の間に、長年宝塚歌劇を見続け、論じてきた演劇評論家、天野道映さんが改めて、宝塚歌劇の本質を考えた。――それは、愛。このテーマを、源流にさかのぼって考察する。

「愛を語る」アイデンティティー

拡大東京宝塚劇場=東京都千代田区、Osugi/shutterstock.com
 東京宝塚劇場からお堀端にかけて、日比谷の劇場街は春から初夏にかけてが最も美しい。しかし新型コロナウィルス感染拡大で、劇場は休演になり、街路に人通りは絶えた。

 都市は死と再生をくりかえしている。

 「死と再生」という点で、劇場は都市の暗喩である。劇場はいったん死に、再開されて元の芝居がよみがえる。

 宝塚歌劇において、たったひとつの例外は、兵庫県宝塚市に本拠を置く歌劇団の二つのホームステージが1923年(大正12年)に同時に火災で失われ、翌年約3000席を擁する大劇場が新築された時である。これが初代の宝塚大劇場で、阪神淡路大震災の2年前1993年に、現在の南欧風の明るい色合いの2代目に建て替えられるまで、武 庫川左岸にグレーの四角な姿を見せていた。

拡大初代の宝塚大劇場=1935年
 いったい宝塚歌劇とはどんな芸能なのか?

 男役を擁し、レビューの華やかさを持ち、愛を語る芸能集団である。中でも「愛を語る」ところにアイデンティティーがある。

 この性格は初代の宝塚大劇場によって生み出された。それまでの二つの劇場は比較的規模が小さく、そこで上演されていた少女歌劇は死に、今に続く宝塚歌劇が誕生した(「少女歌劇」の名称そのものは1945年まで続く)。

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筆者

天野道映

天野道映(あまの・みちえ) 演劇評論家

1936年生まれ。元朝日新聞記者。古典芸能から現代演劇、宝塚歌劇まで幅広く評論。主な著書に『舞台はイメージのすみか』『宝塚のルール』『宝塚の快楽―名作への誘い』『男役の行方: 正塚晴彦の全作品』など。