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アメリカは分裂を克服できるのか。『リンカーン演説集』から考える

権謀術数をいとわぬ現実政治家の思想や言葉をたどって見えてくるもの

三浦俊章 ジャーナリスト

 アメリカの硬貨には、ラテン語で「E Pluribus Unum」(エ・プルリブス・ウヌム、多数からできた一つ)という言葉が刻まれている。アメリカの民主主義を象徴する標語だ。国是ともいうべきその原則が、移民を攻撃し、批判勢力を徹底的に敵視するトランプ大統領に揺るがされてもう3年半が経つ。この大統領が1期で終わるのか、それとも再選されるのか。今年11月の大統領選は、アメリカ史の岐路となるだろう。だが、たとえ民主党のバイデン氏が当選しても、保守とリベラルにここまで分裂した国が再びひとつになれるのだろうか。今回は150年以上前、文字通り国家社会の分裂に直面したリンカーンの演説からアメリカの行方を読み解きたい。

拡大エイブラハム・リンカーン像 KKent Weakley/shutterstock.com

 民主党のオバマ、共和党のマケイン両候補が争った2008年の大統領選で、「第2次南北戦争」(The Second Civil War)と言う言葉が流布された。Civil Warとは英語で内戦の意味だが、アメリカ史では奴隷制の存廃などをめぐって北部と南部がぶつかった南北戦争(1861~65年)を指す。保守とリベラル、共和党と民主党が激しく争うアメリカは、南北戦争以来の危機にあるという意味をこめて、「第2次南北戦争」と言う言葉が使われたのだ。

「南北戦争」の様相を帯びる11月の大統領選

 アメリカ政治を理解するために、ちょっとここで歴史を復習しておこう。

 20世紀の半ば過ぎまで、二大政党である共和・民主両党は、ともに内部に多様な意見を抱えていた。両党の政策距離は大きくなかったので、問題ごとに党派を超えた妥協が可能だった。

 ところが60年代以降、反戦運動やフェミニズム運動などが活発になると、保守の側では宗教右派が政治に介入し始めた。リベラルは民主党に、保守は共和党に集結するようになり、政治の両極化が進んだ。双方とも妥協を拒否して自らの路線を突っ走るようになった。

 2009年に初の黒人大統領オバマが誕生したが、これは人種問題の終わりを意味しなかった。ホワイトラッシュと呼ばれた白人保守派の反動が強始まり、4年前には、ついに彼らが熱狂的に支持するトランプ氏が、キリスト教福音派の支持にも助けられ、ホワイトハウス入りを果たした。結局、「第2次南北戦争」はその後も続き、溝はさらに深く、広くなったのだ。

拡大コロナ禍の中でオンラインで演説するオバマ大統領のスクリーンショット=2020年5月16日、ランハム裕子撮影

 そしてこんどの11月の大統領選もまた、南北戦争の様相を帯びている。

 最新のワシントン・ポスト紙の世論調査(7月21日)によると、バイデン氏の支持は55%でトランプ氏の40%を15㌽もリードする。このままバイデン氏が勝利すれば、アメリカ史の振り子は、ふたたびリベラルの側に振れるかもしれない。だが、アメリカ社会の深い亀裂の修復はできるのだろうか?

 それは、南北戦争で北部に勝利をもたらした第16代大統領エイブラハム・リンカーンが直面した課題でもあった。


筆者

三浦俊章

三浦俊章(みうら・としあき) ジャーナリスト

元朝日新聞記者。ワシントン特派員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーター、日曜版GLOBE編集長、編集委員などを歴任。2022年に退社

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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