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アメリカは分裂を克服できるのか。『リンカーン演説集』から考える

権謀術数をいとわぬ現実政治家の思想や言葉をたどって見えてくるもの

三浦俊章 朝日新聞編集委員

戦争で分裂した国民をどうまとめるか

 アメリカの首都ワシントンの中心部には、ナショナル・モールと呼ばれる東西3キロにわたる巨大な緑地帯がある。東端に連邦議事堂、ほぼ中心部にワシントン記念塔があり、ホワイトハウスもこの緑地帯にある。西端にあるのがリンカーン記念堂だ。

拡大リンカーン記念堂にあるリンカーン像。座像の後ろには「合衆国を救ったリンカーンの思い出は、国民の心とこの霊廟に永遠に刻まれている」との献辞が刻まれている。(山本和生撮影)
 白亜の神殿のようなその建物の内側には、リンカーン像をはさんで、南北の壁にリンカーンの有名な二つの演説がそれぞれ彫り込まれている。演説のひとつ(南側の壁)が、ゲティスバーグ演説であることは、容易に想像がつくだろう。

 「人民の、人民による、人民のための政府を地上から絶滅させてはならない」というその結びは、あまりにも有名な言葉だ。ではもうひとつの演説(北側の壁)は何か。日本ではあまり知られていないが、アメリカではゲティスバーグ演説を超えるリンカーンのもっとも優れた演説と言われる第2次就任演説である。

 1865年3月4日。リンカーンは、今日と同じように連邦議事堂前で2期目の大統領就任演説をおこなった。当時は現在のように大統領選翌年の1月ではなく、3月に大統領の任期がスタートした。その4年前に始まった南北戦争の流れはほぼ決し、北軍の勝利は目前だった。このとき、リンカーンが直面していたのは、南北両軍あわせて60万人が殺し合った戦争の後に、分裂した国民をどのようにまとめるかという巨大な課題だった。

「悪意をいだかず、慈愛を持って」和解を説く

 曇天の日だった。リンカーンが演壇に進み出ると、急に雲が切れ、日の光が差し込んだと伝えられている。演説は英語原文で701語。ゆったりと活字を組んだ現行の岩波文庫版『リンカーン演説集』(高木八尺、斎藤光訳)でも、3ページ半に過ぎない短い演説だ。

拡大『リンカーン演説集』(岩波文庫)
 リンカーンはまず、南北共に戦争を望んでいなかったのに戦争になったこと、原因が奴隷制度を巡る争いであることに触れ、このように続けた。

 「両者とも同じ聖書を読み、同じ神に祈り、そして各々敵に打ち勝つため、神の助力を求めています。……両者の祈りが双方ともききとどけられるということはありえませんでした。彼の祈りもわれの祈りもそのままにはききとどけられませんでした」

 リンカーンは好んで神を語ったし、奴隷制を明確に非難もした。だが決して、神の意志が自分の側にあるとは言っていない。裁きは神に委ねた。リンカーンにとって、南北戦争は聖戦ではないのである。

 何という違いだろうか。

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筆者

三浦俊章

三浦俊章(みうら・としあき) 朝日新聞編集委員

朝日新聞ワシントン特派員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーター、日曜版GLOBE編集長などを経て、2014年から現職。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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