メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

ジャニーズ一強時代~Hey! Say! JUMPから2010年代へ

太田省一 社会学者

*記事中、「2018年『シンデレラガール』でCDデビューを果たした『Sexy Zone』」とあったのは『King & Prince』の誤りでした。編集部のミスです。訂正してお詫びいたします。(編集部 2020年8月1日)

 今回は、前回に引き続き2000年代以降にメジャーデビューしたジャニーズグループについてみていく。2000年代最後のデビューグループであるHey! Say! JUMPから2010年代にデビューしたグループまで概観したうえで、その結果もたらされた「ジャニーズ一強時代」の歴史的意味合いについて考えてみたい。

Hey! Say! JUMPのフラット感

 2006年のKAT-TUNに続き、2007年にCDデビューしたのがHey! Say! JUMPである。グループ名にもあるように、メンバー全員が平成生まれという点が新しかった。現在は山田涼介、知念侑李、中島裕翔、岡本圭人、有岡大貴、髙木雄也、伊野尾慧、八乙女光、薮宏太の9人だが、結成当初のメンバーは10人。年少組5人の「Hey! Say! 7」と年長組5人の「Hey! Say! BEST」というグループ内ユニットがあり、その点、光GENJIやV6に似たところもある。

宮城ご案内 県の観光PRキャンペーン始まる /宮城県  
写真説明 Hey!Say!JUMPが登場する拡大宮城県の観光PRキャンペーンのガイドブックに登場したHey! Say! JUMP=2018年
 「バレーボールワールドカップ」のイメージソング「Ultra Music Power」(2007年発売)がデビュー曲。繰り返しになるが、これもV6以来ジャニーズグループではおなじみになったパターンである。同曲は、オリコン週間シングルチャートで初登場1位を記録。また同年に初のコンサートを東京ドームで開催する(平均年齢としては史上最年少記録だった)など、華々しいスタートを切った。

 Hey! Say! JUMPには、嵐にも通じるメンバー間のフラットな関係性が感じられる。年少組と年長組という区分けが当初存在したにもかかわらず、そこにはっきりした線引きや上下関係などは感じられない。

 グループのセンターを務める山田涼介をめぐっても、そういう部分がある。嵐ではセンターが決まっていないことは前回ふれたが、Hey! Say! JUMPの場合は山田涼介がずっとセンターのポジションにある。ただずっとそうだったわけではなく、たとえば「Ultra Music Power」では、Jr.時代からドラマでも活躍していた中島裕翔がセンターだった。

 要するに、センターも最初から固定されていたわけではない。山田涼介自身、バラエティではいじられキャラになることも少なくない。そしてそこがまた魅力にもなっている。また中島裕翔も現在ではドラマや映画などで主演級の俳優として活躍している。さらに一般的には比較的目立たなかったメンバーの伊野尾慧が、ジャニーズの先輩などから「かわいい」と言われたことをきっかけにブレークし、“伊野尾革命”と呼ばれた。

 このようにHey! Say! JUMPの場合、フラットな関係性のなかにも競争の要素がうかがえる。そこにはやはり、嵐のブレークの背景としても前に述べたように(「国民的アイドルになった嵐、そのジャニーズ史的意味」)、Jr.も含めたジャニーズという集合体に対する世間の注目度のいっそうの高まりがあるだろう。入所の時期、ライバル関係、グループを超えた交流などから生まれるメンバーのストーリーがより知られるようになり、ブレークのきっかけも多様になっているのである。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)。最新刊は『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)。

太田省一の記事

もっと見る