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コロナ禍の夏、渡辺えりが示す「女性の力」

連続企画「女々しき力 序章」に込めた思いは

山口宏子 朝日新聞記者

「女々しい」の意味をひっくり返せ

渡辺えり
 【女女(めめ)しい】。広辞苑は〈柔弱である。いくじがない。未練がましい〉と説明し、〈めめしい事を言うな〉という用例を挙げる――と、ここまで書いただけで、かなり不愉快である。女が、未練がましくて意気地なし? ご冗談でしょ!

 ジェンダー平等を目指す社会では、「取り扱い注意」といえるこの言葉を掲げて、劇作家・演出家で俳優の渡辺えり(65)が、2020年8月、連続公演を企画している。

 題して、「『女々しき力』プロジェクト序章」。

 抵抗感のある言葉をあえて使い、演劇における女性の活躍を力強く示すのが狙いだ。

 渡辺は、自身の新作『さるすべり』(8月5~9日)、永井愛(68)の戯曲『片づけたい女たち』のリーディング(8月10日)、別役実の戯曲『消えなさいローラ』(8月21~23日)の3本を演出し、うち2本には出演もする。その後には、KAKUTA公演『ひとよ』(9月3日開幕)への出演が控え、日本劇作家協会の会長として、コロナ禍で甚大な被害を受けた文化芸術を守る運動「#We Need Culture」などにも深くかかわっている。

 多忙な夏を過ごす渡辺に、「女々しき」企画に込める思いを聞いた。

演劇界の「男性目線」に憤る

 渡辺はもともと、8~9月に女性劇作家の作品5本の連続上演と、シンポジウムなどによる大規模な催し「女々しき力」を企画していた。

 自身は20代で劇団を旗揚げし、若くして評価を得た。俳優としても、テレビ、映画にも数多く出演し、広く知られる存在だ。約40年間、第一線で活躍してきたが、その間ずっと、演劇界が「男性社会」であることに疑問と憤りを抱いてきたという。

 かつて、劇作家や演出家、プロデューサーら演劇の作り手は、ほとんどが男性だった。評価する人もまた、男性ばかり。「そうした環境の中で活動する彼らの作品や言動には、しばしば女性への差別意識や偏見が表れている」と感じてきた。「圧倒的に多い『男性目線』で描かれた世界を見続けることで、女性も含めた観客は、それが当たり前だと思い込まされる。その歪みを正すべきだ」とも考える。

永井愛
 ことあるごとに問題提起し、時には強い言葉で意見を述べてきた。近年、女性の劇作家や演出家が急増しているが、それでもまだ、影響力の大きい年長世代の大半は男性だ。例えば、今年で26回目となる劇作家協会の新人戯曲賞は2018年まで、選考委員7人のうち女性はいつも、渡辺と永井を中心に1人か2人だった。女性ゼロの年もあった。「こんな状態が続くなら、私はもう死ねないですよ」と渡辺は危機感を募らせている。

 そこで発案したのが、現代演劇を動かす存在になってきた年下の女性劇作家を集めて、その力を世に示す企画「女々しき力」だ。いずれも40代前半の桑原裕子、長田育恵、瀬戸山美咲、江本純子の4人と渡辺の作品を東京都内で連続上演。他にも永井、篠原久美子、ペヤンヌマキ、新国立劇場芸術監督の小川絵梨子ら多くの女性演劇人が、シンポジウムやリーディングに参加する大がかりな計画だった。

 企画書には「女性劇作家が結集し、その力を炸裂させる場を作り、観客にも偏見を捨てて大いに楽しんでいただく機会を作りたい」と記した。

 それが、コロナ禍で開催できなくなった。

 渡辺が作・演出する『鯨よ!私の手に乗れ』も、出演者が40人もおり、その多くが高齢者ということで、上演を見送らざるを得なかった。

それでもあきらめない。力見せる「序章」を

 今年、大規模なイベントを開催するのはあきらめた。でも、次につながる何かを――。そこで考えたのが、今回の「序章」だ。

木野花
 まず、座・高円寺(東京都杉並区)で、急きょ書き下ろした『さるすべり ~コロナノコロ~』を上演する。渡辺と木野花が出演する二人芝居で、映画『八月の鯨』をモチーフに、老いた姉と妹の現実と幻想が交錯し、そこに、この芝居を演じている現在の渡辺と木野が重なる、凝った構造を持つ戯曲だ。木野もまた、1970年代から女性による新しい演劇を切り開いてきた一人である。

 続いて同会場で『片づけたい女たち』のリーディングを上演する。盛大に散らかった部屋で暮らす中年女性と、そこを訪れた2人の女友だち。3人が片付けをしながら語り合う言葉から、仕事、家庭、老い、生きがいなど、それぞれの人生が浮かび上がる。コミカルな展開の中で女性の生き方を考える快作だ。永井が2004年に女性3人の「グループる・ばる」のために書き下ろした作品を、今回は男優が演じる。

『さるすべり ~コロナノコロ』
作:渡辺えり
共同演出・出演:渡辺、木野花
会場:東京都杉並区の座・高円寺
チケット:3000円
8月5~7日午後7時
   8、9日午後1時と5時
 8日5時の回は生配信(1500円)がある
 申し込みはこちら

『片づけたい女たち』
作:永井愛
演出:渡辺えり
出演:篠井英介、深沢敦、大谷亮介/ト書き語り・草野とおる
チケット:3000円
8月10日午後3時と6時半
 3時の回は生配信(1500円)がある
 申し込みはこちら

チケットは両公演とも
座・高円寺チケットボックス 03-3223-7300

『さるすべり』の稽古をする渡辺えり(左)と木野花

念願だった別役作品も

尾上松也
 8月下旬に下北沢の本多劇場で上演する『消えなさいローラ』は、テネシー・ウィリアムスの『ガラスの動物園』を変奏した、別役実の二人芝居だ。

 『ガラスの動物園』は、作者自身が投影されている「語り手」のトムが、母親と脚に少し障害のある姉ローラを置いて家を出るところで終わる。残されたローラが長い歳月、トムをじっと待ち続けていたら……。そんな発想で別役が書いたこの戯曲は、「高校時代に故郷の山形で見た文学座の『ガラスの動物園』が演劇を志す原点」という渡辺が、長年演じたいと願っていた作品だ。共演するのは歌舞伎俳優の尾上松也。2016年に新橋演舞場でミュージカル『狸御殿』で共演し、信頼し合う仲だという。

『消えなさいローラ』
作:別役実
演出:渡辺えり
出演:尾上松也、渡辺えり
会場:東京・下北沢の本多劇場
チケット:5000円 申し込みはこちら
8月21日午後7時
  22、23日午後1時と6時
  23日1時の回は生配信(2500円)がある
 申し込みはこちら

『消えなさいローラ』の稽古をする渡辺あり(左)と尾上松也

 3作とも、劇中で会田桃子(バイオリン)と川本悠自(ベース)の生演奏がある。「漂泊の楽士たちが奏でる音楽に乗せて、全体が大きくつながっているイメージにしたい」と渡辺は考えている。

いまは亡き仲間たちとの「約束」

如月小春
岸田理生

 手間をかけ、経済的なリスクも背負いながら、渡辺が「女々しき力」を実現させようとしている背景には、今は亡き、ふたりの劇作家との「約束」がある。

 一人は如月小春(1956~2000)。大学生の頃から注目され、都会的なセンスの才能を多方面で発揮した華やかな人だった。

 同世代の渡辺は、若い頃、よく比較され、反発を感じていた時期もあった。しかし、じょじょに交流が深まり、「アジア女性演劇会議」(2001年)の準備などで頻繁に話すようになった。その中で「日本国内でも女性演劇人が集まる場を作ろう」と話し合っていた矢先、如月は急病で亡くなった。

 もう一人は、先輩の岸田理生(1946~2003)。アングラ演劇を代表する劇団「演劇実験室 天井桟敷」で、寺山修司と共同で劇作を担い、その後も社会や歴史を深く洞察する戯曲を数多く発表した。

 渡辺と如月の考えに共鳴し、下北沢の小劇場ザ・スズナリのロビーで会った時、「(小劇場系の演劇界で女性は)ずっと一人だったんだよ。あなたたちが出てきてくれて、どれだけ心強かったか分かる?」と言われたことを、渡辺は今もよく覚えている。だがほどなく岸田は難病に倒れ、闘病の末、世を去った。

 年下の女性たちの活躍が広がっている今こそ、ふたりとの約束を果たさねば、という思いが渡辺を動かしている。

KAKUTA公演『ひとよ』のちらし
 渡辺が9月に客演する劇団KAKUTAの主宰者、桑原裕子(44)は、次世代を代表する一人だ。16年に上演した「痕跡」で第18回鶴屋南北戯曲賞を受賞。愛知県豊橋市の「穂の国とよはし芸術劇場PLAT」の芸術文化アドバイザーも務めている。

 上演する『ひとよ』は当初、「女々しき力」のトップバッターとして8月に公演する予定だったが、時期と会場を変更した。小さなタクシー会社を舞台に、罪を犯し、服役して戻ってきた母親を軸に、家族の崩壊と再生を描く。2011年に初演され、白石和彌監督で映画化もされた、KAKUTAの代表作の一つだ。渡辺は15年ぶりに家族のもとに現れ、波紋を広げる母親を演じる。

『ひとよ』
作・演出:桑原裕子

◎東京公演
会場:東京・下北沢の本多劇場
9月3~13日
チケット:5800円(一部公演5500円)、24歳以下3500円
問い合わせ:J-Stage Navi 03-5912-0840(平日11時~18時)

◎豊橋公演
会場:穂の国とよはし芸術劇場PLAT主ホール
10月3、4日
チケット:4000円、25歳以下2000円、高校生以下:1000円
問い合わせ:プラットチケットセンター 0532-39-3090