山口宏子(やまぐち・ひろこ) 朝日新聞記者
1983年朝日新聞社入社。東京、西部(福岡)、大阪の各本社で、演劇を中心に文化ニュース、批評などを担当。演劇担当の編集委員、文化・メディア担当の論説委員も。武蔵野美術大学・日本大学非常勤講師。共著に『蜷川幸雄の仕事』(新潮社)。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
連続企画「女々しき力 序章」に込めた思いは
渡辺はもともと、8~9月に女性劇作家の作品5本の連続上演と、シンポジウムなどによる大規模な催し「女々しき力」を企画していた。
自身は20代で劇団を旗揚げし、若くして評価を得た。俳優としても、テレビ、映画にも数多く出演し、広く知られる存在だ。約40年間、第一線で活躍してきたが、その間ずっと、演劇界が「男性社会」であることに疑問と憤りを抱いてきたという。
かつて、劇作家や演出家、プロデューサーら演劇の作り手は、ほとんどが男性だった。評価する人もまた、男性ばかり。「そうした環境の中で活動する彼らの作品や言動には、しばしば女性への差別意識や偏見が表れている」と感じてきた。「圧倒的に多い『男性目線』で描かれた世界を見続けることで、女性も含めた観客は、それが当たり前だと思い込まされる。その歪みを正すべきだ」とも考える。
ことあるごとに問題提起し、時には強い言葉で意見を述べてきた。近年、女性の劇作家や演出家が急増しているが、それでもまだ、影響力の大きい年長世代の大半は男性だ。例えば、今年で26回目となる劇作家協会の新人戯曲賞は2018年まで、選考委員7人のうち女性はいつも、渡辺と永井を中心に1人か2人だった。女性ゼロの年もあった。「こんな状態が続くなら、私はもう死ねないですよ」と渡辺は危機感を募らせている。
そこで発案したのが、現代演劇を動かす存在になってきた年下の女性劇作家を集めて、その力を世に示す企画「女々しき力」だ。いずれも40代前半の桑原裕子、長田育恵、瀬戸山美咲、江本純子の4人と渡辺の作品を東京都内で連続上演。他にも永井、篠原久美子、ペヤンヌマキ、新国立劇場芸術監督の小川絵梨子ら多くの女性演劇人が、シンポジウムやリーディングに参加する大がかりな計画だった。
企画書には「女性劇作家が結集し、その力を炸裂させる場を作り、観客にも偏見を捨てて大いに楽しんでいただく機会を作りたい」と記した。
それが、コロナ禍で開催できなくなった。
渡辺が作・演出する『鯨よ!私の手に乗れ』も、出演者が40人もおり、その多くが高齢者ということで、上演を見送らざるを得なかった。