それは研究を名目とした墓あばきを免罪する
2020年08月05日
7月12日、アイヌに関わる「民族共生象徴空間(ウポポイ)」(以下便宜的に「公園」と略す。愛称ウポポイはアイヌ語で「(大勢で)歌い合う」意味だという)が開園した。北海道の空の玄関口・新千歳空港からそう遠くない白老(しらおい)町に、200億円もの経費をかけて造成された施設である。
公園開設の背景にあるのは、「先住民族の権利に関する国連宣言」(2007年)と、それを下になされた、アイヌ民族を「先住民族」と認めるよう求める国会決議(2008年)である。後者をふまえて設置された「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」の報告書(2009年)が、「民族共生の象徴となる空間の整備」を提言したことから(報告書33-4頁)、同公園の開設にいたった。
ただし国連宣言の精神は、国会決議・懇談会報告書を通じて骨抜きにされた。同公園は国連宣言とは縁遠い施設にすぎない。アイヌとの現実の共生――和人の側が設定した共生ではなくアイヌの要求に基づくそれ――を実現せず、「象徴」施設のみを造ってよしとする日本政府のやり方は、国際的に通用しない。
もちろんこう言って一蹴するのは早計である。開園後、私は公園を見学することにした。
園内では、興味深いことにアイヌ語が「共通語」であり、各種掲示は――手洗い内の注意書きから花壇の植物名まで――まずアイヌ語で記されている。職員はアイヌ語の愛称を持っており、それで互いを呼び合う。職員にはアイヌも多く、「私たちアイヌは」と自己紹介する。しかも同公園は、以上の経緯に見るように国立である。
これらの事実を通じ、アイヌは自らと自らの文化に誇りをもち、それがアイデンティティのよりどころとなりうるのではないか、また和人は、アイヌを差別・排除してきた意識下の偏見を見直し、みずからの差別・排除の姿勢を変えうるのではないか――同公園を見学しつつ、私はそうした感触をえた。
だが、やはり問題がある。アイヌが己の文化や己自身に誇りが持てないできたのは、和人政府による非人道的な同化政策の結果だったのに、その根本的な事実がここからはほとんど見えてこないからである。
この点を、1、公園に隣接する高台に併設された広大な「慰霊施設」と、2、公園内に設置された「国立アイヌ民族博物館」の歴史展示に即して、2回にわたって論ずる。
なお、一般にアイヌ民族をさす場合、以下に見るように「アイヌの人々」と書かれることが多いが、本稿では、「人間」しかも「誇りある人間」という、「アイヌ」という呼称がもつそれ自体誇りある語義をふまえ、単に「アイヌ」と記す。
「慰霊施設」は、公園のHPによれば、「(1)アイヌの人々の遺骨等について、関係者の理解及び協力の下で(2)集約し、アイヌの人々による(3)尊厳ある慰霊の実現及びアイヌの人々による(4)受入体制が整うまでの間の適切な管理を行うための施設」だという(強調および数字挿入は筆者)。
そもそも、そうした宗教施設を政府が設置したという事実が、信教の自由という憲法原則とどう関係するのかについて論ずることは、残念だが私にはできない。むしろここでは、なぜこうした施設が建てられたのか、その運営方針に問題はないのかについて、論じたい。
公園HPでは、唐突に(1)「アイヌの人々の遺骨等」と書き始められているが、そもそもなぜ「遺骨等」が問題になるのか、またなぜその(2)「集約」が行われたのかを、この説明は語らない。
慰霊施設も、「有識者懇談会」(前述)の提言に発する。そこには、「過去に発掘・収集され現在大学等で保管されているアイヌの人骨等」云々と記されているが(前掲34頁)、発端に、「発掘・収集」といった平穏で地味な営みがあったのではなく、研究に名を借りた、盗掘という非人道的な所業があったのである。しかも大学等で「保管されている」(報告書)といっても、遺骨はしばしば雑な仕方で放置され、ほとんどは誰のものか、どの地域のものかは特定されず、時には頭骨と四肢骨がばらばらにされてしまい、遺骨に対して敬意をもった扱いがなされていたとはとうてい言えない状態であった。
それらを返還するよう、各地のアイヌ団体は80年代から北大を始めとする大学等に対して要求してきた。しかし埒(らち)が開かなかったため、アイヌ側は2010年代になると返還を求めて提訴するにいたった。そうした動きも踏まえつつ、政府は2018年12月、「大学の保管するアイヌ遺骨等の出土地域への返還手続に関するガイドライン」を決定した。
政府が、遺骨返還を大学まかせにしなかったことは一歩前進である。だが、ガイドラインには本質的な問題が含まれる。
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