三浦俊章(みうら・としあき) ジャーナリスト
元朝日新聞記者。ワシントン特派員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーター、日曜版GLOBE編集長、編集委員などを歴任。2022年に退社
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
原爆投下をめぐる論争は終わらない。その原点となった衝撃のルポルタージュ
1945年8月6日の朝、日本時間にしてかっきり8時15分、東洋製缶工場の人事課員佐々木とし子さんが、ちょうど、事務室の自席に腰をおろし、隣の机の女性事務員に話しかけようとふりむいたその瞬間、原子爆弾が広島上空で閃光を発したのである。
ハーシーのルポ『ヒロシマ』は、まさにその瞬間から語りはじめる。
登場するのは原爆投下のときに広島に住んでいた6人の人物。冒頭の女性事務員に加えて、ふたりの医者、夫を戦争で失った仕立屋のおかみさん、イエズス会のドイツ人神父、日本人のメソジスト教会の牧師である。
あの日キノコ雲の下で何があったのか。「ヒロシマ」は、この6人の目を通して語られる。
全身にやけどを負いながら、水を求めて叫ぶ人がいる。倒壊した家々の下に閉じ込められ、はい出せなくなった人々がいる。火の手が迫り、死を覚悟した人々が「天皇陛下万歳」と叫んだ。だが一方では、不気味な沈黙があたり一帯を支配していた。
あたりはひどい人混みで、生きているのか死んでいるのか、見分けもつかなかった。何百人もの、ぞっとするようなけが人が、ひとつところで苦しんでいるのだ。負傷者はしんとしていた。泣く者もいない。死んでゆく誰もが、物音ひとつ立てるわけでもない。子供さえ泣かず、話をする者もほとんどいない。原爆の閃光に焼かれて顔一面つぶれてしまった人が、水をのませてもらうと、少し身を起こして、感謝のしるしにおじぎをした。
淡々とした描写が続く。声低く語るルポは、読む人の心臓をつかんでいく。