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敗戦から75年目の夏――現在に突き刺さる浮浪児・満州・沖縄

新たな戦前を拒否する礎

野上 暁 評論家・児童文学者

 コロナ禍の中、敗戦から75年目の夏を迎えた。政府は、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備を断念したことから、その代替案として自民党は“敵基地攻撃能力”の保有を首相に提言し、首相はそれを受け入れたという。新型コロナウイルス第2波が全国的に拡大している中で、提言する優先順位が違うだろうといいたいところだ。アメリカの意向を汲んで、専守防衛から逸脱した集団的自衛権を容認し、日米安保条約と日米地位協定に縛られアメリカに従属しているかのような現状をみるにつけ、また新しい戦争に組み込まれそうな不安さえ覚える。

戦災孤児たちの終わらない戦後

 そんな中で、戦後「浮浪児」と呼ばれた戦災孤児たちのその後を追った、中村光博『「駅の子」の闘い――戦争孤児たちの埋もれてきた戦後史』(幻冬舎新書)を読むと、8月15日の敗戦後も、現在までずっと戦争は終わっていないんだと思わざるを得ない。

 著者は、NHKスペシャル「“駅の子”の闘い~語り始めた戦争孤児~」(2018年8月)と、その拡大版のBS1スペシャル「戦争孤児~埋もれてきた“戦後史”を追う~」などを手掛け、その取材で出会った戦争孤児たちの戦後を取材し、番組でも紹介しきれなかった貴重な証言をこの本にまとめた。

1946年3月、東京・上野駅周辺には浮浪児狩りを逃れて集まる戦災孤児たち拡大終戦から約半年後の東京・上野駅周辺。戦災孤児たちの姿も目立つ=1946年3月

 母一人子一人、体が弱くて学童疎開にも行けなかった当時小学6年生は、神戸空襲で家を焼かれ、家も財産もなくし路頭に迷い、三宮駅の待合室で母親と寝起きしていたが、路上生活の疲れと栄養失調で母を亡くし、疎開から帰った妹と「駅の子」になる。妹を食べさせるために物乞いだけでなく闇市で出会った男に「チャリンコ」と呼ばれるスリの手法を教わる。老後になっても母を失った三宮駅構内に行くことができず、「今も戦争が終わったとは言えない」という。

 東京の北砂に住んでいた1930年生まれの女性は、疎開先の山形で米軍の攻撃に遭い、両親と妹を亡くし孤児となる。のちに結婚して2児をもうけ幸せな暮らしをしているが、上野駅で路上生活をしていたことは夫には言えない。80歳を過ぎた今も足の痛みに耐えながら清掃アルバイトをして、それで貯めたお金を東京大空襲の被害者に国の補償を求める活動団体に寄付しているという。

 東京・板橋区大山にあった、東京都養育院(通称、板橋養育院)は、戦後、戦争孤児たちを受け入れる。慢性的な栄養不足と百日咳や発疹チフスなどで次々と亡くなり、「東京都養育院土葬者名簿」という書類によれば、1945年3月から46年9月までに敷地内に穴を掘ってそのまま土葬された、2700人の名前、戒名、年齢が記録されていた。

東京都養育院(現:東京都健康長寿医療センター)の戦災孤児たち=1946年8月ごろ、東京都板橋区拡大東京都養育院(現:東京都健康長寿医療センター)の戦災孤児たち=1946年8月ごろ、東京都板橋区

 ところが、戦争孤児の置かれた状況についての取材は非常に難航したという。都の担当部局責任者の指示で、養育院に関わったOBに対し、マスコミの取材に一切応じないように要請したというのだ。退職後といえども業務上知ったことを漏らすことは公務員の守秘義務違反になり、年金の減額も検討すると脅したというから信じられない。

 悲劇の歴史が隠蔽されていくのは許しがたいが、こういう事実からも新たな戦前が始まっているといえようか。

 引き揚げ孤児の悲惨さもまた凄まじい。路上生活で視力を失ったり、野良犬のように扱われたり、戦時中は「靖国の子」と称えられながらも、戦後は国によって放置され復興から取り残されていく。「狩り込み」という強制収容により鉄格子の部屋に監禁されたり、希望が見えない中で犯罪に手を染めたり。

 取材対象者の一人が、「いつでも犠牲になるのは弱い人たちじゃないですか。世の中ってそういうものじゃないですか、餓死していった孤児たちがいっぱいいたじゃないですか。それももう忘れてしまってるじゃないですか」と語気強く著者に訴えたことばは、そのまま現在に突き刺さる。

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筆者

野上 暁

野上 暁(のがみ・あきら) 評論家・児童文学者

1943年生まれ。本名、上野明雄。小学館で子ども雑誌、児童図書、文芸書、学術書などの編集部門を担当。著書に『おもちゃと遊び』(現代書館)、『「子ども」というリアル』『日本児童文学の現代へ』(ぱろる舎)、『子ども学 その源流へ』(大月書店)、『越境する児童文学』(長崎書店)など。編著に『わたしが子どものころ戦争があった――児童文学者が語る現代史』(理論社)、『子どもの本ハンドブック』(三省堂)、『いま子どもに読ませたい本』(七つ森書館)など。日本児童文学学会会員。日本ペンクラブ常務理事。