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コロナ禍の劇場で三谷幸喜は銅鑼を鳴らす

『大地』と『ショーガール』が語る「舞台の力」

山口宏子 朝日新聞記者

慎重な足取りで、劇場が再び開く

 コロナ禍で扉を閉ざしていた劇場が少しずつ動き出した。出演者らの体調不良で急きょ公演が中止されるケースが相次ぐなど、道のりは決して平坦ではないが、演劇人たちは、アクセルとブレーキの両方に足をかけながら、慎重に前に進み始めている。東京都内の大規模な劇場でその先頭を切る形で始まったのが、渋谷・パルコ劇場での三谷幸喜作品の連続上演だ。『大地』(2020年7月1日~8月8日)と『三谷幸喜のショーガール』(7月27日~8月7日)が無事終了し、大阪公演へ。8月13日に三谷文楽『其礼成心中(それなりしんじゅう)』(8月20日まで)が開幕する。

 客席の半減など興行を維持する困難は解消されず、状況は厳しいままだ。それでもなお敢行された「生の舞台」。その力を考えてみる。

パルコ劇場オープニング・シリーズの発表に顔をそろえた14作品の作家、演出家、出演者たち=2020年1月15日、東京・渋谷
 パルコ劇場は、ビルの建て替えによる3年半の休止を経て、2020年1月に再開場した。こけら落としは立川志の輔の落語会。その後、3月からはオープニング・シリーズとして14作品が連続上演されるはずだった。

 そのスタートを新型コロナウイルスが直撃した。トップバッターの渡辺謙主演『ピサロ』は日程の4分の1も上演できず打ち切られた。続く、佐々木蔵之介主演、森新太郎演出『佐渡島他吉の生涯』(5~6月)は全公演が中止になった。

 3番手の三谷作・演出『大地』は公演日程を遅らせ、緊急事態の解除を待って稽古を始めた。出演者同士が近づかないよう台本や演出の一部に手を加え、タイトルも『大地(Social Distancing Version)』にした。稽古に入る前に、出演者全員から上演の是非について意見を聞き、直接関わるスタッフともども検査をして感染していないことを確認。マスク、消毒などはもちろん、楽屋には俳優と最小限のスタッフしか立ち入らないなど、考えうる全ての感染防止策をとった。完売だったチケットは全て払い戻しをして、1席おきに空けて半減した席を発売し直した。

 この公演に向けての思いを三谷はこうつづっている。

 コロナのせいで、稽古を重ねてきた公演が中止となった知り合いの役者は山ほどいる。仕事を失ったスタッフたちの嘆きも耳に入ってくる。自分に出来ることはないかと模索し、出た結論が、芝居を作り続けることだった。何の巡り合わせか自粛解除後、都内の大きな劇場で最初に幕を開けるのがこの「大地」となってしまった。となれば僕は全力を尽くすしかない。誰かが始めなければ先へは進めない。だったら僕が始めます。それが自分に出来る唯一の貢献なのだから。(「三谷幸喜のありふれた生活」、朝日新聞、2020年6月25日付)
◆大阪公演
『大地』 2020年8月12~23日
『ショーガール』 2020年8月15、16日

 会場:いずれもサンケイホールブリーゼ
 問い合わせ:キョードーインフォメーション
   0570-200-888(10〜18時)

張り詰めた空気、開幕の銅鑼が響く

 7月1日、パルコ劇場は3カ月ぶりに観客を迎えた。半年前は色とりどりの花が並び、「非日常」の祝祭感を演出していた入り口には誘導テープが張られ、日常より数段上の緊張感がただよう。観客は、薬液を浸したマットで靴の底を除菌し、手首で体温を測り、手指に消毒スプレーをかけてからロビーに入る。観客も全員マスクで会話を控え、開演前のざわめきはない。トイレでは誰もがせっけんで入念に手を洗い、消毒マットを踏んで、客席に戻る。「感染を出さない」という劇場スタッフの決意とも祈りともいえる姿勢に応え、観客も責任を果たそうとしているように見える。

 そんな張り詰めた雰囲気の中、『大地』は、黒衣の鳴らす銅鑼(どら)の音で幕を開けた。1924年に開場した「築地小劇場」で銅鑼が鳴らされたことを踏まえ、いま再び劇場を開く思いを、演劇の新たな地平を切り開こうとした先人たちに重ねた演出だ。三谷の並々ならぬ意欲がうかがえる。(以下、作品内容に具体的な触れる記述があります)

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