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「お布施はお気持ちでけっこうです」の呪縛――集合知としてのお布施の崩壊

薄井秀夫 (株)寺院デザイン代表取締役

お布施を決める社会システム

 また仏教側の主張として、お布施の金額を決めてはいけない、というものがある。これは築地本願寺のケースでも、アマゾンの「お坊さん便」のケースでも、問題視されたところである。

 金額を決めてはいけないのは、〈布施とは、施す者、施しを受ける者、施しの中身が清浄でなければならず、執着して、とらわれてはいけない〉からだという主張がされる。そして〈とらわれてはいけない〉から、〈金額を明示してはいけない〉のだと。

 しかしこの論理も、なかなか一般の人に理解できるものではない。理解しづらい論理のまま伝えても、人は納得しない。とりあえずわかった顔をして、不満をため込むだけである。

 そもそもこれが問題になるのは、多くの人々が、お布施の金額がわからなくて困っていることが背景にある。

「お布施はお気持ちでけっこうです」が、通用しなくなっている時代に SAND555UG/Shutterstock.com拡大「お布施はお気持ちでけっこうです」が、通用しなくなっている時代に SAND555UG/Shutterstock.com

 しかし昭和30〜40年代くらいまでは、お布施の金額が明示されないでも、特に問題が無かったのも現実である。僧侶が「お気持ちでけっこうです」と言っても、葬儀を依頼する側は的確な金額のお布施を包んでいた。そうした時代は確かにあったのである。

 ただこうした時代も、お布施は「気持ち」で決めていたわけではない。

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筆者

薄井秀夫

薄井秀夫(うすい・ひでお) (株)寺院デザイン代表取締役

1966年生まれ。東北大学文学部卒業(宗教学専攻)。中外日報社、鎌倉新書を経て、2007年、寺の運営コンサルティング会社「寺院デザイン」を設立。著書に『葬祭業界で働く』(共著、ぺりかん社)、 『10年後のお寺をデザインする――寺院仏教のススメ』(鎌倉新書)、『人の集まるお寺のつくり方――檀家の帰属意識をどう高めるか、新しい人々をどう惹きつけるか』(鎌倉新書)など。noteにてマガジン「葬式仏教の研究」を連載中。