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【ヅカナビ】宙組ドラマシティ公演『壮麗帝』

オスマン帝国皇帝が主人公、タカラヅカが描く歴史ドラマの世界を広げた

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 宙組ドラマシティ公演『壮麗帝』をライブ配信で観たが、色々な意味で面白い作品だった。オスマン帝国最盛期の皇帝スレイマン1世(桜木みなと)と、寵姫ヒュッレム(遥羽らら)、寵臣イブラヒム(和希そら)をめぐる物語である。題材としている史実を少し調べただけで興味をそそられる。

 そもそも、中東の国を舞台にした作品はこれまでのタカラヅカでは非常に少ない。中東らしき国を舞台にしたフィクションはいくつかあるが、今回のように歴史上の有名人物を主人公にした作品はほぼ皆無といっていいだろう。恐怖政治の立役者・ロベスピエールが主人公になるなど、タカラヅカが描く歴史ドラマの進化には目を見張るものがあるが、その舞台は欧米メインだった。それだけに、上演発表の時点ですでに「タカラヅカもついにここまで来たか!」と期待に胸が高鳴ったのだった。

 だが、それゆえの難しさもあっただろう。何故ならフランス革命やハプスブルク帝国の話と違って、観客側の知識もほぼ皆無であることを前提にしないといけないからだ。それでも、うわべだけの甘いロマンスに逃げることなく、敢えてスケールの大きなテーマに正面から向き合ったことも私は良かったと思う。

 とはいえ日本とも、おそらく西欧とも勝手が違う世界の話である。そんな世界の「基本ルール」について知っておくと、この作品はより楽しめそうな気がした。今回は、そのことについて書いてみたい。

ハレムと「兄弟殺し」で強い者だけが生き残る

 この作品の舞台であるオスマン帝国の基本ルール、それは一言でいうと「強い者だけが生き残る」シンプルな実力主義の世界、ということではないかと思う。

 オスマン帝国は14世紀後半にすでに「イェニチェリ軍団」と呼ばれる強力な常備軍を持っていた(世界史を選択していた人は聞き覚えがあるだろう)。この軍隊は元キリスト教徒の奴隷によって構成されていた。また、「デブシルメ」と呼ばれる人材登用制度もあった。これも、キリスト教徒の優秀な少年を奴隷として徴用し、イェニチェリなどの軍隊や場合によっては宮廷に登用する制度である。

 要するに、たとえ奴隷であっても実力次第で登り詰めることができる(現に、イブラヒムもヒュッレムも奴隷出身だ)。身分や出自によって教育や出世の機会が奪われる社会よりは公平といえるかもしれない。

 そして、この実力主義が凝縮されているのが王位継承の仕組みなのだ。それは、ハレムと「兄弟殺し」で強い者だけが生き残るシステムである。

 オスマン帝国の皇帝は特定の皇妃を持たなかった。その代わりハレムがあり、ハレムの様々な女性たちとの間にできるだけ多くの子どもを持つことが奨励された。ハレムの女性たちもまた、多くは奴隷出身であった。

 ちなみに、政略結婚は行われなかった。これには外戚が権力を握ることがないというメリットもあったし、そもそも政略結婚によって関係を保たなければならないような隣国がなかったのだ。

 そして、王子たちのうち最も強い者が王位を継承する。即位後は他の兄弟を全て殺すのが慣例だったという。これも、兄弟により領土が分割されることを防ぎ、また、即位後の反乱の禍根を断つという意味があった。

 非常に残酷だが、見方を変えれば、強大な帝国を維持していくための極めて合理的なシステムなのかも知れない。『壮麗帝』もまた、この基本原則を前提として物語が進んでいくことになる。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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