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「人生会議」を開いて、終末期をどうして欲しいか意思決定を

長尾クリニック院長・長尾和宏医師に聞く(下)

鈴木理香子 フリーライター

 7月に発覚した京都ALS(筋萎縮性側索硬化症)嘱託殺人事件。以来、多くの声がメディアで報じられているが、これまで多くの終末期医療に立ち合ってきた長尾クリニック院長の長尾和宏さんは、「報道は事件の本質を避けている」と感じている(インタビュー<上>に掲載)。では、どんな議論が必要なのか。
長尾和宏 医学博士。1984年、東京医科大学卒業、大阪大学第2内科に入局。1995年、兵庫県尼崎市で開業し、複数医師による年中無休の外来診療と在宅医療に従事。公益財団法人日本尊厳死協会副理事長、日本ホスピス・在宅ケア研究会理事、日本在宅医療連合学会専門医。関西国際大学客員教授。著書に『小説・安楽死特区』『平穏死・10の条件――胃ろう、抗がん剤、延命治療いつやめますか?』『長尾和宏の死の授業』ほか多数

長尾クリニック院長 長尾和宏医師

医学博士。1984年、東京医科大学卒業、大阪大学第2内科に入局。1995年、兵庫県尼崎市で開業し、複数医師による年中無休の外来診療と在宅医療に従事。公益財団法人日本尊厳死協会副理事長、日本ホスピス・在宅ケア研究会理事、日本在宅医療連合学会専門医。関西国際大学客員教授。著書『小説・安楽死特区』『平穏死・10の条件――胃ろう、抗がん剤、延命治療いつやめますか?』『長尾和宏の死の授業』ほか多数拡大長尾和宏医師
――今回の事件で、女性はスイスでの日本人女性の安楽死を扱ったNHKのドキュメンタリー番組「彼女は安楽死を選んだ」(2019年6月放送)を観たことも報道されました。

長尾 この番組の影響を受けたことは間違いないでしょう。スイスに渡り致死薬の点滴で最期を迎える、あのような死に方に憧れたのかもしれません。

 でも、僕はあの番組に対して大きな疑問を抱きました。京都のALSの女性はあの番組の二次被害者とさえ思いました。現在BPO(放送倫理・番組向上機構)にかかっているそうですが、当然です。厳密な検証を望みます。スイスで亡くなった多系統萎縮症の女性は自殺であり、それをテレビが報じたのです。

『NHKスペシャル 彼女は安楽死を選んだ』拡大「NHKスペシャル 彼女は安楽死を選んだ」=NHK提供

――もし女性があの番組を観ていなかったら、あのような最期を迎えることはなかったと思いますか?

長尾 それはわかりません。しかし、もし僕が彼女の主治医だったら、時間をかけてあの番組の倫理違反を説明していたでしょう。実際、あれ以来、安楽死を希望する患者さんが後を絶たず困っています。「私もスイスに行きたい」というのです。多くの視聴者が共感したようですが、テレビが自殺や殺人で視聴率を稼ぐ行為には大きな疑問があります。

――いずれにしても、彼女の場合は話し合いが足りなかった。

長尾 そうです。そこが本質です。でも、そこに至らなかった。今回の事件の報道を見聞きしていてたいへん不思議に思うのは、どのメデイアにも「人生会議」という言葉が出てこないことです。あれほど国を挙げて宣伝していたのに、こういう肝心なときに関係者もメデイアも、もっとも大切なキーワードを見事に忘れている。

 僕は重要な意思決定の場では、必ず人生会議を繰り返します。その物語の方向性を全員で共有します。彼女のような状態であればなおのことです。

――確かに、人生会議という言葉は一度も出ていないように思います。

長尾 果たして、彼女に接していた30人の医療・介護スタッフはどんな人生会議をしたのでしょうか。彼女の本音に気が付いた人はいなかったのでしょうか。あらゆるアプローチをしても彼女の気持ちがまったく揺らがなかったら、「最悪」という言葉は使いたくはありませんが、それでも彼女の意思を尊重するならば、人工栄養を徐々に減らして最期を迎える「尊厳死」という道もあったかもしれない。嘱託殺人を避けられた可能性がなかったか、しっかり振り返って考えるべきです。


筆者

鈴木理香子

鈴木理香子(すずき・りかこ) フリーライター

TVの番組製作会社勤務などを経て、フリーに。現在は、看護師向けの専門雑誌や企業の健康・医療情報サイトなどを中心に、健康・医療・福祉にかかわる記事を執筆

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです