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デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ』の魅力――仕事とケアの深層

渡部朝香 出版社社員

ケアする仕事のジレンマ

 この本は具体的な事例や証言も読みどころなのだが、お飾りの受付係など、女性も多く登場する。明言こそされていないが、女性の労働の歴史と現在というテーマも、本書にはこめられていそうだ。

 医療費管理会社に勤めていたアニーは、おしゃべり厳禁の職場で、煩雑な書類仕事に従事させられ、上司の権力の誇示が目的と思われるミス報告の儀式を課せられる。アニーの前職は幼稚園の教諭だったが、低賃金ゆえに転職せざるをえなかった。

 アニーは子どもを抱き上げたり、ハグしたり、おんぶしたり、揺らしながら寝かせたりしていた環境から、触れ合うどころか会話すらない環境へと移行したことが、自分の肉体や精神に巨大な影響を与えたと話す。

Monkey Business Imagesshutterstock拡大Monkey Business Images/Shutterstock.com

 ケアする仕事にある喜び。しかし、その仕事に従事すると、暮らしが成り立たなくなるというジレンマ。

 デヴィッドという人物は、こう語っている。

 「家賃の支払いだけのために、子どもを教育したりケアしたりするという実質のある仕事(リアル・ジョブ)からまったく無意味で屈辱的でもある仕事に移らなければならないとして、それがどのようなことか」

 無意味な仕事は人を蝕む。それと表裏一体のこととして、人は他者をケアするということを求めてやまない。

 グレーバーは、ケアから再考すべき領域が、実はとても広いことを指摘する。

 「ほとんどの労働者階級による労働が、それをやるのが男性であれ女性であれ、実際には女性の仕事と基本的にみなされるものに類似している」「仕事はますます『生産的』労働とみなされているものから遠ざかる一方、ますます『ケアリング』労働に接近しているということである。というのも、機械に代替されることが最も考えにくいことがらからケアリングは構成されているからである」

 誰かの世話をする役割を、女性は家庭でも職場でも負い、あるいは負わせられ、それは貶められてもきた。しかし、賃金の有無を問わず、人間の仕事というのは、そもそも、そしてますます、ケアなのではないかと考えさせられる。

 ただ、グレーバーは、ケアリング労働を単に称揚しているわけではない。他者への愛、ケアリングの土台として、安定した制度的な保守が求められがちであるという側面についても触れている。

 このように、本書はほんとうの意味で「ビジネス」書であり、人間が他者と関わりあうことの深層にまで迫る奥行きを持つ本だ。やはりグレーバーは文化人類学者だということに、何度も立ち返らされる。

 ユーモアが織り交ぜられたグレーバーの文章からは、温かな人柄が伝わってくる。自身も労働者階級出身のグレーバーは、大学生などの若者たちがブルシット・ジョブに誘導される現状を、未来を壊すものとして深く憂いている。

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筆者

渡部朝香

渡部朝香(わたなべ・ともか) 出版社社員

1973年、神奈川県生まれ。1996年に現在の勤務先の出版社に入社し、書店営業、編集、営業(内勤事務)を経て、2014年夏より単行本の編集部の所属に。担当した本は、祖父江慎ブックデザイン『心』、栗原康『村に火をつけ、白痴になれ』、石内都『フリーダ 愛と痛み』、ブレイディみかこ『ヨーロッパ・コーリング』、福嶋伸洋『リオデジャネイロに降る雪』、佐藤正明『まんが政治vs.政治まんが』、赤坂憲雄『性食考』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです