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【公演評】ミュージカル『VIOLET』

3日間だけ奇跡の復活、願わくは再演の機会を

中本千晶 演劇ジャーナリスト


 コロナ禍のもとで消えてしまいそうだった舞台が、3日間だけ、奇跡の復活を果たした。東京・池袋の東京芸術劇場プレイハウスにて9月4〜6日に上演されたミュージカル『VIOLET』だ。

 もともと、とてもユニークな経緯で誕生した作品である。日本の梅田芸術劇場と、英国のチャリングクロス劇場が共同で企画・制作し、「英国キャスト版」と「日本キャスト版」を日英それぞれの劇場で上演するという共同プロジェクトの第一弾なのだ。

 「英国キャスト版」「日本キャスト版」双方の演出を手がけるのは藤田俊太郎だ。2019年1月〜4月に行われたロンドン公演は、オフ・ウエストエンド・シアター・アワードで6部門ノミネートの快挙を果たしたという。

 続く日本公演が本来なら4月に上演されるはずだったのが、コロナ禍の影響で中止になってしまった。それがこのたび上演が叶ったのだ。中止となったり、先の見えない延期となる公演が多い中で、3日間でも上演が実現したのは嬉しいことだった。

自分を変えるため、彼女は旅に出た

拡大『VIOLET』公演から=花井智子 撮影

 舞台は1964年のアメリカ。幕開き、背景に映し出されるのは公民権運動を主導するマルティン・ルーサー・キング牧師の姿だ。この年、公民権法が成立するが、黒人差別の問題はそう簡単に解決するものではない。いっぽうベトナムでの戦いは次第に激しさを増しており、翌65年にアメリカは北爆を開始する。そんな激動の時代の物語である。

 主人公のヴァイオレット(唯月ふうか/優河 Wキャスト)はノースカロライナの片田舎に育ち、子どもの頃、父親が振り下ろした斧の刃が顔に飛んできて、顔に大きな傷を負った女性だ。ある日、どんな傷をも治してしまうテレビ伝道師の存在を知り、彼の元を直接訪ねて自分の傷も治してもらおうと、グレイハウンドバスに乗り込む。

 時折、少女時代のヴァイオレット(稲田ほのか/モリス・ソフィア Wキャスト)と父親(spi)とのエピソードが織り込まれながら、物語は進み、バスも進む。

拡大『VIOLET』公演から=花井智子 撮影

 舞台を四方の客席が囲む「シアター・オン・ステージ」方式がコロナウイルス感染拡大防止のため実現できなくなったのは残念だったが、それでも舞台上の椅子や台をいろいろに並べ替えるだけで、ある時はバスの車中、ある時は酒場の店内と場面を転換させていく演出は面白かった。

 伝道師に会えれば傷は綺麗さっぱり消えると信じて疑わないヴァイオレットは、側から見ると愚かで滑稽だ。しかし、そう信じなければ生きていけないほどに追い詰められているのだ。だが、道中の様々な出会いによって、頑なだった彼女の心は少しずつほどけていく。もちろん彼女を蔑む人もいるが、たとえばバスで隣り合わせた老婦人(島田歌穂)のように無邪気に彼女のことを心配する人だっている。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師、NHK文化センター講師。

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