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【ヅカナビ】宙組『FLYING SAPA ーフライング サパー』

これはタカラヅカ? 「らしくなさ」と「らしさ」の振れ幅に翻弄された

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 とにかく「ネタバレしたら絶対に面白くない」と聞いていた作品である。SNS上でも見事にネタバレ禁止網が張り巡らされ、おかげで私も独特の世界観を満喫することができた。タカラヅカらしくない作品と聞いていたが、「らしくなさ」と「らしさ」の振れ幅がとんでもなく大きい作品だなという印象である。究極にタカラヅカらしくないけれど、じつは究極にタカラヅカらしい作品だ。

 そして、観終わった後は必ず誰かと語り合いたくなる。だから、こうして無事に千秋楽を迎えられた今、ネタバレを気にせず思うことを自由に書いてみたい。あくまでこれは私の解釈だから、ご覧になった方は「いやいや私はこう思う」などと対話しながら読んで欲しいと思う。それが「語り合いたくなる欲求」を満たす一助となれば嬉しい。

タカラヅカの総合力が描くやりきれない世界

 物語の舞台は遠い未来、かつて水星と呼ばれていた惑星ポルンカである。気候変動と戦乱により滅亡寸前となっていた人類の一部が、ポルンカに脱出して生き延びている。そこは、完璧に管理された世界だった。

 個人の意識までもが「へその緒」と呼ばれるデバイスを通じて全て政府に吸い上げられ、「ミンナ」と呼ばれる場所に集積され管理されている。唯一絶対の支配者は、「へその緒」の発明者である「総統01」(汝鳥伶)と呼ばれる存在だ。

 危ない感情は政府に察知され、消去されてしまう。だからポルンカには憎しみや争いはない。神は滅び、言語は統一。音楽も小説も、あらゆる文化的なものも一掃されている。みんな同じような服を着て、無表情に生きている。そこは「違うこと」が罪な世界なのだ。平和で安全だが、退屈な世界でもある。

 ポルンカで過去の記憶を消されたオバク(真風涼帆)は政府のスペシャリスト兵士として、危険思想を持つ人物を保護する任務に従事していた。ある日、保護しようとした自殺志願の女性、それはなんと総統01の一人娘ミレナ(星風まどか)だった。オバクはふとした気まぐれから、ミレナの「SAPAに連れて行って欲しい」という要望を叶えてやることにする。

 ポルンカが舞台となる1幕、これが一言でいうなら「不快」だ。無味乾燥で、気だるくて、どうにもやりきれない気持ちになってしまう。だが、これもまたタカラヅカの総合力の成せる技である。こだわり抜かれた衣装、舞台装置、振付などが融合して作り上げる「不快な」世界に何故か惹きつけられてしまう。ことに耳に残るのが三宅純氏による音楽だ。

吹き溜まり「SAPA」から物語は動き始める

 ポルンカのクレーター「SAPA」、それは吹き溜まりのような場所だ。2幕、舞台がSAPAに移るととたんに開放感がある。静寂ではなく喧騒、秩序ではなく無秩序、本物の銃が横行する危険に満ちた場所、それなのにホッとした気分になれる。そして物語は一気に動き始める。さあ、ようやく何かが始まるぞというワクワク感。見る側も見事に気分が切り替わる。

 そこは「人間らしさ」が凝縮された場所といってもいいかもしれない。異質な者たちがぶつかり合い、憎悪が渦巻き、殺し合いだってある。しかし、そこでは人々は歌を口ずさみ、映画を楽しんでいる。様々な服を着た人がいる。そこには「自由」がある。「個性」がある。「文化」がある。そして「愛」がある。

 SAPAに残されているもう一つの貴重なもの。それは「謎」だ。「わからない」ことだらけだから大変だが、試行錯誤しながら謎を解明し、自分の足で歩いて目的地に達する喜びがある。「知りたい」という好奇心もわく。

 こうして少しずつ、生きる実感を取り戻していったオバクは、いよいよ自身の過去と向き合うこととなる。彼の真の名はサーシャ。そして、ポルンカ政府誕生の経緯も明らかになる。それは、「へその緒」の発明者であったブコビッチ博士(穂稀せり)が、サーシャの家族らを皆殺しにして創り上げた世界であったのだ。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

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