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ダムに沈んだ村に最後まで住んでいた一人の女性の物語

異質な価値観と出会ったときの心構え

堀 由紀子 編集者・KADOKAWA

 岐阜県揖斐郡にある徳山ダムは、日本最大の貯水量を誇る。その水量は6億6000万立方メートル(東京ドーム約532杯分)というから想像もつかない。このダム湖の下にはかつて、徳山村という村があり、1500人ほどの人々が生活を営んでいた。村は1987年3月に廃村となり、以後、人々は徐々に集団移転地に移っていった。最後の一人となったのが廣瀬ゆきえさんだ。

徳山ダム。台風の雨で増えた水を放流していた=2日午前11時23分、岐阜県揖斐川町拡大台風の雨で増えた水を放流中の徳山ダム=2018年10月

大西暢夫『ホハレ峠――ダムに沈んだ徳山村 百年の軌跡』(彩流社)拡大大西暢夫『ホハレ峠――ダムに沈んだ徳山村 百年の軌跡』(彩流社)
 本書『ホハレ峠――ダムに沈んだ徳山村 百年の軌跡』(彩流社)は、徳山村に30年以上通い、現地の様子を撮り続ける著者の大西暢夫さんが、ゆきえさんがなぜ最後の一人になるまで住み続けたのかを丹念に追った一冊だ。ゆきえさんは、1919(大正8)年生まれ。夫の司さんと暮らしていた。司さんが亡くなってからは、文字通り一人だった。

 大西さんは岐阜県揖斐郡の出身で、上京しカメラマンとして活躍していたが、1991年から徳山村に通い始めた。東京からオートバイで500キロの道のりを行き来したというから、20代で若かったとはいえそのエネルギーは並大抵ではない。

「こんな幸せを独り占めしてええんかな」

 ゆきえさんが住む村の最奥部の門入(かどにゅう)地区に大西さんが初めて行ったのは1993年のこと。「腹減っとらんか」「飯食ってけ!」と、ゆきえさんは行くたびに見たこともない食材の料理を出してくれた。司さんはいつも陽気に酔っぱらいながら、お酒を勧めてくれる。当時はまだ何軒か村人が暮らしており、隣人のハツエさんの言葉がここの暮らしの豊かさを伝えてくれる。

 「電気もガスも水道もここには何もないんじゃ。日があるうちに仕事をし、暮れれば寝るという生活やな。母屋はダムに契約してしまったで壊してまった。しょうがないんじゃ。でも、ええ暮らしやろ! こんな幸せを独り占めしてええんかなって思っとるよ」

 春はコゴミ、わらび、ぜんまいなどの山菜採り、すぐに田んぼや畑が忙しくなる。梅雨の前後に竹の子。夏になるとマムシが出るが、貴重なたんぱく源として焼いて食べたりマムシ酒にしたり。川魚もとる。秋は山の実。なかでもトチの実はこの地域で重宝されていた。様々な工程を経てアクを抜き、お正月まで保存。お正月にはトチ餅にする。野生の自然薯(じねんじょ)を掘ったり、イノシシを狩ったり、毎日やることが目白押しだ。

 冬は雪に閉ざされてしまうのだが、意外にも人々には待ちに待った季節だった。大西さんは『徳山村に生きる――季節の記憶』(農山漁村文化協会)という書籍のなかで、村人の話をこう記している。

 「冬はとにかく楽しくてな」

 「ほかの集落に頼まれては鼓を持って踊りに行ってな。そりゃ、夜中まで笑いが絶えんかった。それにいつもいつも人が集まる家やったから、毎晩にぎやかでな。冬が来るのが待ち遠しいくらいや」

岐阜県の徳山村1983年拡大岐阜県揖斐郡徳山村=1983年

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筆者

堀 由紀子

堀 由紀子(ほり・ゆきこ) 編集者・KADOKAWA

1975年、山梨県生まれ。1999年より角川書店で、主婦向けのテレビ誌「しってる?」、スポーツ誌「SPORT Yeah!」、都市情報誌「横浜ウォーカー」の編集に携わる。2012年より書籍編集に。担当した書籍は、柳田国男復刊シリーズ(角川ソフィア文庫)、黒田勝弘『隣国への足跡』、望月衣塑子『武器輸出と日本企業』、室井尚『文系学部解体』、柴田一成『とんでもなくおもしろい宇宙』など。ハードボイルド小説と自然科学系の本が好き。