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The Other Life 『バタフライはフリー』ゲネプロレポート

これは極上のラブコメであり、不朽のヒューマンドラマだ

スタジオライフ提供


映画化も果たした50年前の傑作戯曲が時を超え甦る

 自由気ままに生きる。花から花へと移ろう蝶のように、何にも縛られず、思うままに生きていたい。それはとても心地が良くて、特に若いときほどそんな生き方に憧れてしまう。この物語に登場するふたりの若い男女もそう。でも、心地良さだけでは語れないところに人生の果実は実る。だから、人と人が生きることは尊いのだと、The Other Life vol.11 『バタフライはフリー』は教えてくれる。

 The Other Lifeとは、海外の小劇場で生まれた傑作戯曲を、倉田淳の演出のもと、現代に甦らせる、劇団スタジオライフの人気レパートリーのひとつ。今回倉田が選んだ『バタフライはフリー』は、映画『絹の靴下』『パリの恋人』などで知られる脚本家、レオナルド・ガーシュが1969年に発表した会話劇だ。ブースシアターで2年間にわたって上演され、1972年には『サボテンの花』のゴールディ・ホーンをヒロインに迎えて映画化。母親役を務めたアイリーン・ヘッカートをオスカー女優へと輝かせた名作だ。

 舞台は、とある安アパート。そこで暮らすのは、盲目の青年・ドン(宮崎卓真)。ラジカセを抱え、歌を聴いている。好きなものだけに囲まれた気ままな日常を壊すように、鳴り響く電話のベル。相手は、母親のミセス・ベイカー(曽世海司)だ。母親が何を喋っているかはわからない。けれど、ドンの様子を見る限り、過干渉気味の母親に辟易としているらしい。

 うんざりしながら電話を切ると、次は隣室から大音量のテレビの音が。注意をすると、隣室の住人・ジル(伊藤清之)が「コーヒーを飲ませて」と部屋に押しかけてくる。ロサンゼルス出身の19歳だというジルは、まるで遠慮も人見知りをする素振りも見せず、矢継ぎ早に質問を浴びせかけてくる。こうして若いふたりは会ったその日に恋におちていく。

盲目の青年は、自由な彼女に恋をした

拡大スタジオライフ『バタフライはフリー』公演から

 まず面白いのが、このジルのキャラクターだ。16歳で結婚し、わずか6日で離婚をしたという奔放ぶり。しかも、それを何ら恥じているふうでもない。現在は女優の卵で、このあとオーディションに行くのだという。ブラウスのジッパーを男性であるドンに上げてもらうことも臆さない。まさに自由の象徴だ。

 一方でドンはと言うと、生まれつき目が見えないが、殊更それを悲観している気配はない。生まれたときからそうだからと言ってのけ、むしろ途中までドンの目が見えないことに気がつかなかったジルの様子を見て面白がっている余裕さえある。

 だけど、ジルとの違いは、ドンは籠の中の鳥であること。このアパートは、2ヶ月という期間限定で借りているもの。心配性の母親は、目の見えない息子の独立にひどく反対していると言う。ミュージシャンを夢見るドンは、自由への憧憬を「Butterflies Are Free」と自作の歌に託す。

 物語は、感染症対策のため、中盤に10分間の休憩を挟み、2幕形式で上演される。1幕の見どころは、ジルとドンの軽妙な会話。コンタクトレンズを知らないドンに「目が良かったのね」とさらっと言ったり、散らかった部屋をドンに見られないように慌てて隠したり。目が見えないドンと目が見えるジルの間に生まれるズレがユーモラスに綴られている。ハンディキャップというデリケートな題材にもかかわらず、こうした笑いが決してざらついたものにならず、むしろクスッと楽しめるのは、戯曲の品の良さと、ジルとドンを演じた伊藤と宮崎の明るさに尽きるだろう。

 目鼻立ちのくっきりした伊藤にはブロンドがよく似合い、天真爛漫を絵に描いたような言動が舞台を明るく照らしている。宮崎は目がとても印象的。何も見えないからこそ、まっすぐと一点を見据える眼差しが、決して後ろ向きにはならないドンのキャラクターを表している。

三者三様の姿から浮かび上がる、自由と自立の物語

拡大スタジオライフ『バタフライはフリー』公演から

 そんなジルとドンが出会い惹かれ合う1幕を終え、2幕はそこにミセス・ベイカーが乱入してくることで一気にギアが上がる。

 厳格なミセス・ベイカーは、大事な息子がしみったれた安アパートで暮らしていることがまず信じられない。しかも、そこには下着姿のジルもいて、 今にも怒髪天を衝くところを、体面を気にするミセス・ベイカーは必死にこらえながらジルに接する。しかし、物怖じしないジルはそんなミセス・ベイカーに堂々と「ジッパーを上げて」と頼んで地雷を踏みにいく。ミセス・ベイカーが登場することによって、コメディとしての面白さがぐっと増すのだ。

 それは、ミセス・ベイカーを演じる曽世海司の力量によるところも大きいだろう。涼やかな顔立ちはインテリジェンスな匂いがあって、クリスチャンディオールの香水をたっぷりつけているとからかわれるハイソサエティな女性にぴったり。それでいて、ちょっとした 切り返しに遊びっ気があって、観客をニヤリとさせる。ベテランらしい硬軟自在な演技だ。

 ミセス・ベイカーの登場により、ジルとドンの関係は一転していくのだが、特に強烈に心に残ったのは、ドンとミセス・ベイカーのふたりきりのシーン。目が見えない息子がひとりで暮らしていくことが心配でならないミセス・ベイカー。だけど、ドンはそんな母の束縛を疎み、普通の子たちと同じように学校にも通わせなかった過保護ぶりに恨み言をぶつける。

 けれど実際には、目の見えないドンは、勝手に自分の荷物をつめた母からバッグを取り返すことさえできない。ミセス・ベイカーが息をひそめた瞬間、母がどこにいるのかさえドンは見つけることができないのだ。その残酷な現実が痛々しく描かれ、ミセス・ベイカーの息子に対する態度も決して過保護とは言い切れないように思えてくる。

拡大スタジオライフ『バタフライはフリー』公演から
 ドンはずっと自由になりたかった。母親の束縛から逃れ、自分の意思で自分の人生を選びたかった。だからジルに惹かれた。世間の常識にとらわれず、たくましく生きているジルに。ドンが母親とちゃんと向き合えたのはジルとの出会いがあったからだ。彼は、このたった1日でほんの少し大人になった。

 けれど、それと同時に、人と深く関わろうとしたら、蝶のように気ままにはいられない。甘い蜜だけを吸って、飽きたら次の花へ。それはそれで確かに楽しいかもしれないけれど、その花が枯れ、やがて散るまでを共に寄り添う。そんな生き方も確かにあって、そのためには言いたくないことも言わなければならないし、たとえ疎まれても時には相手に深く踏み込まなくてはいけない。

 ジルとドンとミセス・ベイカー。三者のあり方から、そんな人と人のあり方が浮き上がってくる。いかにもブロードウェイらしいオシャレでライトなラブコメディのようで、そんなヒューマニズムを感じられるところが、この『バタフライはフリー』の魅力だ。そして、そのメッセージは人と人との関わりが希薄となったと言われる現代社会により鋭く刺さる。

 古き時代から世界には優れた作品が無限にあって、長い一生をかけてもそれらのすべてを見尽くすことはできないだろう。だからこそ、どのタイミングでどの作品と出会うのか。それが、人生の豊かさを決定づけていく。こうして国も時代も超えて選りすぐりの戯曲を現代へとレコメンドするスタジオライフの試みは、そんな豊かさに気づかせてくれた。

 The Other Life vol.11『バタフライはフリー』は9月20日(日)から10月4日(日)まで東京・中野ウエストエンドスタジオで上演。(文:横川良明)

拡大『バタフライはフリー』
◆公演情報◆
The Other Life 『バタフライはフリー』
2020年9月20日(日)~10月4日(日) ウエストエンドスタジオ
公式サイト
[スタッフ]
作:レオナルド・ガーシュ
訳:黒田絵美子
演出:倉田淳
[出演]
ジル:伊藤清之
ドン:宮崎卓真(style office)
ミセス・ベイカー:曽世海司
ラルフ:大村浩司

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