がん研有明病院腫瘍精神科部長・清水研医師に聞く
2020年09月28日
ALS(筋萎縮性側索硬化症)をわずらう女性(当時51)からSNSを通じて依頼を受けた医師2人が、女性に薬物を投与して殺害したとして、京都府警は2020年7月23日、2人を嘱託殺人の疑いで逮捕した(8月13日、京都地検は2人を起訴した)。
医師が難病の女性を死に至らしめたこの事件を、多くの終末期医療に関わってきた医師はどう見ているのか。連載の第3回はがん研有明病院腫瘍精神科部長の清水研さんに登場していただいた。
清水研 1971年生まれ。医学博士。精神科医。金沢大学卒業後、国立精神・神経センター武蔵病院などを経て、2003年に国立がんセンター東病院へ。以降、一貫してがん患者と家族の診療を担当する。2006年、国立がん研究センター中央病院に勤務、2020年から現職。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会精神科専門医・指導医。著書に『他人の期待に応えない――ありのままで生きるレッスン』、『もしも一年後、この世にいないとしたら。』など。
――まず、京都のALSの事件について、どう思われたか教えてください。
清水 事件について私が知っているのは報道で伝えられた内容でしかありませんが、ALSの女性は大きな苦しみから逃れるために繰り返し「死にたい」と話されていて、その方法を模索されていた。その苦しみはご本人にとって相当耐え難いものだったろうと思います。
――事件があった直後、多くの識者がコメントをしていました。
清水 本音を言いますと、このインタビューの依頼があったとき、最初はお断りするつもりでした。それは、私がここで何かを語ることで、大きな苦しみを抱えている誰かを傷つけてしまうかもしれないと思ったのと、安楽死を議論すること自体がタブーであるような雰囲気を私自身が感じていたからです。
一方で、医療を提供する当事者、精神腫瘍医として取材に応じないというのは、この問題から逃げている、向き合っていないのではないかとも考えました。やはりしっかり答えるべきだと思い、お受けすることにしました。
――清水さんは精神腫瘍医(がん専門の精神科医、心療内科医)として、これまで3500人以上のがん患者さんやそのご家族の生と死に向き合ってきました。
清水 いろいろな患者さんとお会いしましたが、そのなかには、「死にたい」と直接的に訴えられる方や、「生きていても意味がない」「早くこの人生を終わらせたい」と、「死」という言葉を使わないで間接的に話される方もいました。
――ご著書の『もしも一年後、この世にいないとしたら。』には、5人に1人ががんの告知後にうつ状態になるとされ、1年以内の自殺率は一般の24倍と書かれています。
清水 これは、国立がん研究センターの疫学研究部が中心となって実施した大規模な調査から得られた結果です。がんという病気は否応なく死を意識させます。告知が再発がんや進行がんであればなおのことです。それまで描いていた将来が失われたと思うことで大きな喪失感があったり、これから起こるかもしれないさまざまな苦しみを想像したりして、精神的に追い詰められる人もいます。
そして、そのなかには、生きることで苦しみが強まり、希望を感じられなくなって、最終的に自殺という道を選んだ患者さんもいました。ご自身の価値観の中では死を選ぶしかなかったのであろうと思う一方で、医療者としては力が及ばなかったことに対する無力感、申し訳なさを感じます。
――安楽死についてはどう考えますか。
清水 一部の患者さんにとって、オランダやスイスで行われているような安楽死は、ある種の救いになるかもしれないと私は考えています。だからといって、安楽死を認めているわけではありません。むしろ、現時点では私は反対です。
安楽死の是非について議論する前に、現在「死にたい」と思っている方が、「生きたい」と思える方法はないか、十分に模索する必要があります。それをせずに安楽死を認めてしまうことで、生きる道筋が安易に閉ざされることを危惧しています。
清水 基本的には賛成です。命を長らえる治療を差し控えるということも含め、最近ではACP(アドバンス・ケア・プランニング:人生会議)という考え方が出てきています。患者さんが人生の最終段階でどんな“生”を選ぶか。その選択肢を家族や医療関係者が尊重するようになってきています。
本人が納得のいく医療を受けるために、関係者が話し合いを重ねるこのプロセスは、本人やご家族の満足につながっているように感じます。延命のためだけに人工呼吸器を使用するよりも、死を選ぶほうが自然であるという感覚もうなずけます。
――大前提として、納得のいく医療を受けるということがあります。
清水 ですから、次のような議論の展開には気を付けなければなりません。それは、
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