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伝統芸能の裏側に深刻なコロナショック

唯一の能装束専門店も一時注文ゼロに、伝承の危機を避けるには

田村民子 伝統芸能の道具ラボ主宰

華麗な能の世界にも忍び寄る危機

 「能楽堂は、城。面(おもて)や装束の道具類は、武器である」

 ある能楽師がこう言うのを聞いたことがある。幽玄な能の世界の人が、「武器」という物々しい言葉を使うことにドキッとした。衣装も含む「道具」はそれだけ重要で、能楽にとって欠かせない存在だということだろう。

 能装束は、古くは将軍や大名がスポンサーとなって作られていた。そうした歴史もあり、長い時間のなかで、職人の知恵と工夫が積み重ねられ、最高峰の織物として引き継がれてきた。ところがコロナ・パンデミックにより、その技術の継承が危うくなっている。

 能楽(能・狂言)の公演は、2020年4月以降、どの流派も、ほとんど中止か延期になった。7月になって、じょじょに再開し始めたが、まだ、もとに戻るには時間がかかりそうだ。その影響が、「装束」の製作現場を苦しめている。

 能楽師が能を上演する際に着る衣装は「装束」と呼ばれる。その一点一点には、「織り」「糸染」「刺繡」「縫製」など高いレベルの技術が詰め込まれている。高度な工芸の技が生み出す美術品ともいえる物で、古い能衣装の中には、国の重要文化財に指定されているものもある。

拡大能の装束を織る佐々木洋次さん
 能装束は基本、各流派や能楽師の家が保有しており、公演の時に、その演目や演出の狙いにふさわしい物を選ぶ。多くの場合、舞台で着るのは何年かに1回程度。それでも、着れば傷むし、繊細な絹織物なので、たんすにしまっておくだけでも劣化していくという。同じ1着を着られるのは、能楽師の親子二代くらいが限界だといわれる。このため、能楽師は折々に能装束を新調し、補充をしている。

 現在、装束を作る人は減っていて、専業で作っている織元は、京都・西陣の佐々木能衣装、1軒のみである。働いているのは、製作を率いる職人でもある4代目社長の佐々木洋次さん(1956年生まれ)を含めて10人余り。機を織る職人は洋次さん以外に4人いて、装束と僧侶の役がかぶる布製の帽子や「作り物」と呼ばれる大道具につける布など、上演に関わるさまざまな布の道具を年間約200点製作している。

 「佐々木能衣装」は1897(明治30)年に創業した。古い時代の京都には「御寮織物司」という役職があり、その流れを引く「唐織屋 俵屋」で修業した洋次さんの曾祖父・重太郎さんが独立したのが始まりで、以来、佐々木家の人によって、貴重な技が伝承されてきた。

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筆者

田村民子

田村民子(たむら・たみこ) 伝統芸能の道具ラボ主宰

1969年、広島市生まれ。能楽や歌舞伎、文楽などの伝統芸能の裏方、職人を主なフィールドとして取材、調査を行う。2009年より、製作ルートの途絶えた道具を復元する活動「伝統芸能の道具ラボ」を主宰。

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