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『ビリー・エリオット』はコロナ禍の演劇界の希望になれるか

プロデューサーがつづる公演の歩み①

梶山裕三 ホリプロ ファクトリー部副部長

 コロナ禍と向き合う演劇界で、ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』は特別な困難を乗り越えた作品だ。公演規模が大きく、主役をはじめ出演者は大勢の子供たち、演出家ら主要スタッフは全員が海外在住で来日は不可能だった。それでも歩みを止めずに前へ進み、10月17日に東京公演を無事に終えた。10月30日から大阪公演が始まる。これまでの道のりを、主催するホリプロの梶山裕三プロデューサーがつづる。

2カ月遅れの拍手の中で

拡大開幕した2020年の『ビリー・エリオット』。中央がビリー役の中村海琉(かいる)=東京・赤坂ACTシアター、田中亜紀撮影
  2020年9月11日、予定より約2カ月遅れてミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』が初日を迎えた。

 緊急事態宣言以降、ホリプロがミュージカルの幕をあけるのは、これが初めてのこと。客席はキャパシティの50%ではあるものの、初日の客席は満員御礼。お客様が入口での検温、手の消毒、緊急連絡のための個人情報の提供などに、しっかりと協力してくださるのを見て、世の中がもうこの生活に慣れていることを再確認する。

 通常、初日の劇場ロビーは、興奮する観客の話声でざわつくものだが、この日は驚くほど静かだった。客席に入ってみると、一席飛ばしで座っているため隣同士での話をすることも叶わず、ピーンと張りつめた空気が漂う。開演5分前のベルが鳴り、注意事項を述べるアナウンスが流れた後の数分間が永遠のように感じられた。

 17時半、いよいよ開幕。

 冒頭、アンサンブルによる力強いナンバーが終わった瞬間、それまで静まり返っていた客席は、割れんばかりの拍手に包まれた。半分のお客さんとは思えないほどの拍手の大きさに、思わず涙がこぼれる。約半年間、〝ライブ〟に飢えてきたお客様たちの「待ってました!」という喜びの拍手のように聴こえた。

 今年の2月以来、演劇界では数えきれないほどの公演が上演中止に追い込まれた。

 ホリプロも例外でなく、招聘公演のマシューボーンの『赤い靴』、制作を請け負う彩の国シェイクスピアシリーズ第36弾の『ジョン王』、40年間毎年夏に上演し続けてきたミュージカル『ピーターパン』、アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲の新作ミュージカル『スクール・オブ・ロック』などが中止となった。

 そんな中、『ビリー・エリオット』(以下、略して『ビリー』)が、2カ月遅れながらも開幕できたことは、いまだに奇跡のように思える。

 演劇界で働く複数の知人から「ビリーは演劇界の希望だ」と言っていただいた。作品規模の大きさ、制作にかかる時間、スタッフ・キャストの数などにおいて、『ビリー』は演劇界において最大級であり、「ビリーが開けられたなら、他の作品もきっとあけられる」という意味のようだ。

 『ビリー』の東京公演は今も上演中で、コロナウイルスとの闘いは続いており、本当の希望になれるかどうか判断するには早い気もするが、幸運にも公演を続けられている今のうちに、『ビリー』がコロナ禍のなか、開幕までたどり着いた軌跡を、記憶のままに書いてみたい。

 ミュージカル『ビリー・エリオット』は1980年代の英国の炭鉱町を舞台に、少年ビリーがバレエダンサーになる夢をつかむ物語。原作は世界的に評価された同名映画(邦題は『リトル・ダンサー』、2000年)。05年にロンドンで初演された。

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筆者

梶山裕三

梶山裕三(かじやま・ゆうぞう) ホリプロ ファクトリー部副部長

1978年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中、ミュージカル研究会でオリジナルミュージカル創りに没頭し、卒業後は舞台制作者を志す。2001年吉本興業に入社。「よしもと新喜劇」の制作などを経験した後、06年ホリプロに入社。多くの舞台のプロデュースを手掛ける。近年は「日本から世界へ発信する」との目標を掲げてオリジナルミュージカルに取り組み、15年初演「デスノート THE MUSICAL」は、日本で大ヒットした後、韓国人キャストによる韓国公演も実現、ホリプロ作品として初の海外ライセンス上演を果たした。18年には黒澤明監督の代表作「生きる」を世界で初めてミュージカル化。20年10~11月に東京、富山、兵庫、福岡、愛知で再演される。

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