危機に瀕するコミュニケーションを護るために
鏡に映る自分の姿が自分だと認識できる動物は、人間やチンパンジーなどごく少数の類人猿しかいないらしいことが、マーク・テストという実験によって確認されているという。寝ている動物の顔に印(マーク)をつけ、鏡に映った顔を見せたときに、鏡ではなく自分の顔に手をやったりするようなら鏡像の自己認知ができているとわかるというわけだ。

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ところで、自己認知ができるためには、自分では自分の全体像を見ることはできないので、生育の過程で同種の個体を見ていることが必須になるはずだ。このことを確かめるために、生まれたばかりのチンパンジーを母親から引き離し、隔離して同種の他個体を見せずに育て、鏡を見せる実験をすると、果たしてその個体は、鏡像の自己認知ができないという。
実験はさらに続く。今度は生まれてすぐに隔離して育てられたチンパンジーを3匹用意し、2匹と1匹の2組に分け、透明の壁で隔てられた隣同士の2つの部屋で育ててからマーク・テストを施す。すると、同居した2匹は難なく合格するのに、残る1匹は合格しない。つまり鏡像の自己認知ができないという。
このことからわかるのは、他者との身体接触を伴う交流の経験がないと、チンパンジーは鏡像の自己認知が可能な能力を、おそらく獲得できないということだ。そして、大澤は「これはおそらく人間も同じだろう」と言う。
以上の実験結果は、コロナ禍にあって欠かすことができないソーシャル・ディスタンスのルールに内在する、看過できない不安を惹起する。自己認識の不全な個体間に健全なコミュニケーションが成り立つはずがなく、コミュニケーションが成り立たない社会なら、コロナからは安全でもディストピアであることは明らかだからだ。従って、この不安の具現化に、どう対処するのかを考えることは、コロナ禍が続く限り人類共通の課題であり続ける。
大澤は、ウイルスが招来するディストピアというアポリア(難問)に対するには、当面はITの積極的な活用しかないことを認めている。
その一方でITの発展は、監視国家や監視資本主義というもう一つのディストピアに繋がりかねないことを、既に実現し発展途上にある中国の安全保障部門による「社会信用システム」や、アメリカを含むほとんどの先進国で行われているGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)の消費者監視などを例にあげて検討し、その上でいまの人々は、誰にも見られていないことを恐れる、つまり監視されることを望んでいるのではと言っている。
だとすれば、現在、あるいは将来のウイルス対策として監視システムや制度が導入されたとき、それを拒否するのは難しいと洞察するのである。