[1]お寺の数はコンビニより多いのだが……
2020年10月07日
「社会制度としての仏教を考える」という連載を始めさせていただく。
現代人にとって、お寺という存在は、どうもつきあいにくい存在となっている。
それは、仏教や先祖供養が嫌いというわけではなく、お寺そのものとどうつきあっていいかわからないという面が大きい。わからないだけではなく、納得できないことも多く、それに対する説明もあまりされない。納得できなくても従わなければならない雰囲気すらある。
お寺とのつきあいは、世間の常識的な考え方が通用しないのである。
もちろん宗教的な事柄は、世間的な考え方と違って当然である。それは皆、納得している。問題は宗教的な事柄ではなく、社会制度的な事柄である。お布施しかり、戒名しかり、檀家制度しかりである。
こうした問題を仏教側は、とかく教義で説明しがちである。ただ教義を持ち出されると、社会の側は黙るしかない。そして黙れば黙るほど、仏教と社会のズレは広がっていく。
宗教が社会の中で展開している以上、教義だけで説明するのには無理がある。仏教は単なる哲学ではなく、象徴や儀礼がもたらす体験であり、人と人の関わりの中で展開し続ける社会制度なのである。この視点無くして、現実の仏教を理解することはできない。
この連載では、まずお寺と人々の関係性そのものでもある檀家制度を取り上げ、その後、葬式仏教という日本独特の仏教のあり方や、なぜ宗派に縛られなければならないのか、戒名やお布施をめぐる世間とのズレ等について取り上げていきたい。
きれい事を言わせていただければ、この連載を通して、仏教と社会の間に広がるズレの正体を明らかにし、仏教と社会が幸せな関係を育むための一助になればと思う。
仏教は約2500年前、お釈迦さまが説いた教えをもとにした宗教である。ちなみに『広辞苑』で「仏教」の項をひくと、「①仏陀の説いた教え。教典。②世界的大宗教の一。(後略)」とある。
そして日本は仏教国である。
なにしろ全葬儀の87パーセントを仏教式で行っている国である(第11回『葬儀についてのアンケート調査』日本消費者協会/2017年)。文化庁の『宗教年鑑』(令和元年版)では、仏教徒は約8434万人とあり、日本の人口1億2593万人の約67パーセントが仏教徒という計算になる。
また国内には、実にたくさんの寺院がある。『宗教年鑑』によると、国内のお寺の数は、7万4206ヶ寺である。
地域の社会インフラとして重要な役割をしてきた郵便局が2万3839局(2020年8月/日本郵便株式会社)、小学校が1万9526校(令和2年度/文部科学省学校基本調査)であることを考えると、その数がいかに多いかがわかる。コンビニエンスストアですら、5万5841店である(2020年8月/日本フランチャイズチェーン協会)。
それだけの数のお寺が、地域社会に組み込まれているということだ。日本の社会においては、最も充実した社会インフラのひとつであると言えるだろう。
しかしその数の多さに比べて、お寺の存在感は実に希薄だ。自分の生活圏の中に、お寺があることを思い出せる人がどれだけいるだろうか。郵便局やコンビニより数が多いはずなのに、その存在にすら気づかれていないのがお寺なのだ。
そしてどのくらいの人が、仏教徒であるという自覚を持っているだろうか。どのくらいの人が、仏教の教えについて知っているだろうか。おそらく、どちらも1割には満たないだろう。
まして普通の生活者にとっての仏教は、まずは葬儀や法事などの死者供養、ついで京都や奈良などでの観光、あとは初詣や祈祷といったところである。少なくとも『広辞苑』が言うような「仏陀の説いた教え。教典」の仏教は、ほとんど根付いていない。『広辞苑』的な仏教と現実の仏教は、かなり異なる存在なのである。
「葬式仏教」という言葉がある。本来、仏教は教えを説かなければならないのに、それをせずに葬式しかやっていないと、仏教を揶揄するニュアンスが含まれた言葉だ。「葬式仏教は本来の仏教ではなく、堕落した仏教だ」と、社会の側からの仏教批判が込められている。
しかし仏教は必ずしも、教えだけで広まっていったわけではない。仏教が日本に伝来して現代に至るまで、「仏陀の説いた教え。教典」の仏教は、知識階級のものであった。庶民にとっては、始めから葬儀や祈祷が仏教であった。死者供養や現世利益が仏教だったのである。別に堕落して葬式仏教になったわけではない。
その意味では、広辞苑的な「仏陀の説いた教え。教典」が仏教であるという考え方は、あまりにもインテリ視点が過ぎるのではないだろうか。
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