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仏教と社会の間に広がるズレの正体は何か

[1]お寺の数はコンビニより多いのだが……

薄井秀夫 (株)寺院デザイン代表取締役

葬式仏教は仏教なのか?

 「葬式仏教」という言葉がある。本来、仏教は教えを説かなければならないのに、それをせずに葬式しかやっていないと、仏教を揶揄するニュアンスが含まれた言葉だ。「葬式仏教は本来の仏教ではなく、堕落した仏教だ」と、社会の側からの仏教批判が込められている。

 しかし仏教は必ずしも、教えだけで広まっていったわけではない。仏教が日本に伝来して現代に至るまで、「仏陀の説いた教え。教典」の仏教は、知識階級のものであった。庶民にとっては、始めから葬儀や祈祷が仏教であった。死者供養や現世利益が仏教だったのである。別に堕落して葬式仏教になったわけではない。

 その意味では、広辞苑的な「仏陀の説いた教え。教典」が仏教であるという考え方は、あまりにもインテリ視点が過ぎるのではないだろうか。

beeboys拡大Serkant Hekimci/Shutterstock.com

 意外なのは

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筆者

薄井秀夫

薄井秀夫(うすい・ひでお) (株)寺院デザイン代表取締役

1966年生まれ。東北大学文学部卒業(宗教学専攻)。中外日報社、鎌倉新書を経て、2007年、寺の運営コンサルティング会社「寺院デザイン」を設立。著書に『葬祭業界で働く』(共著、ぺりかん社)、 『10年後のお寺をデザインする――寺院仏教のススメ』(鎌倉新書)、『人の集まるお寺のつくり方――檀家の帰属意識をどう高めるか、新しい人々をどう惹きつけるか』(鎌倉新書)など。noteにてマガジン「葬式仏教の研究」を連載中。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです