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コロナ禍の2020年にチャペック『白い病』を訳す

疫病を描いた戯曲が問う、現代の世界と私たち

阿部賢一 東京大学准教授

戦争の影濃く、埋もれていた作品

拡大カレル・チャペック
 この戯曲は、五十歳前後になると皮膚に大理石のような白い斑点ができ、しまいには死にいたる感染病、通称「白い病」を題材にしている。

 特効薬が見つからない中、治療する町医者のガレーンは薬を見つけたかもしれないと枢密顧問官ジーゲリウスに大学病院での臨床実験をさせて欲しいと依頼する。ジーゲリウスは渋々了承するが、それは、独裁者である元帥が戦争の準備を推し進める時代であった。疫病と戦争が並行して進行する中、医者ガレーンは特効薬を楯にして、大学病院の枢密顧問官ジーゲリウス、軍事財閥を率いるクリューク男爵、そして軍部を統率する元帥らと対峙していく……。

拡大まつもと市民芸術館で上演された『白い病』(公演のタイトルは『白い病気』)の舞台。医師ガレーン役の串田和美(演出も、左)と、ジーゲリウス役の武居卓=2018年、山田穀撮影
 戯曲『白い病』は、チャペックが亡くなる前年の1937年に発表されている。それは、ヒトラーのナチス・ドイツが台頭し、中欧の勢力図が書き換えられつつあった緊迫した時代だった。

 1938年3月、ナチス・ドイツはオーストリアを併合し、同年9月にはミュンヘン会談でズデーテン地方のドイツへの割譲が決定される。1939年3月にはチェコはドイツの保護領となり、チェコスロヴァキアという国家はヨーロッパの地図から消えてしまう。チャペックがこの戯曲を執筆したのは、第二次世界大戦前夜の暗雲が立ち込める時代のことだったのである。

 それゆえ、戦争直前の世相を反映するかのように、戦争はこの作品に色濃く影を落としている。

 戯曲が発表された当時、多くの読者は、作中の元帥にヒトラーの姿を重ね合わせていたことだろう。そしてまたチャペックの没後、さらに戦後にチェコスロヴァキアが社会主義体制になって以降も、本作は反ファシズムの書物として読まれることが多かった。

 そのような経緯もあり、チャペックの作品の中で、この戯曲が評価されることはあまりなかった。戯曲『ロボット』、小説『山椒魚戦争』などのSF作品、『長い長いお医者さんの話』といった児童文学、哲人大統領との記録『マサリクとの対話』といった作品の中で、戯曲『白い病』は1930年代末の状況を反映した作品と見なされ、埋もれていたのだった。

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筆者

阿部賢一

阿部賢一(あべ・けんいち) 東京大学准教授

1972年生まれ。東京外国語大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は中東欧文学、比較文学。著書に『複数形のプラハ』『カレル・タイゲ』など、訳書にボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』、ヴァーツラフ・ハヴェル『力なき者たちの力』、パトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ』(共訳)など。