「人権侵害よりも不倫が許せない」という新しい社会問題
2020年10月20日
2016年リオデジャネイロ・オリンピックのメダリストであり、日本を代表する水泳選手である瀬戸大也選手(26歳)が、週刊誌で不倫を報じられました。その影響で、夫婦で出演していたCMは公開中止、所属していたANAも契約解除となりました。
さらに、日本水泳連盟(以下、水連)が、「スポーツマンシップに違反した」として、年内の活動停止という処分を言い渡しました。芸能人の不倫問題では活動を自粛したり、仕事が入らずやむを得ず表舞台から遠ざかるという場合が多いのですが、アスリートの所属団体が直接処分を下すというのは異例のことです。
まず、水連の役員(評議員等)や、とりわけ処分の意思決定を行った人々に聞いてみたいのですが、彼らは全員、今まで一度も不倫をしたことがない人たちばかりなのでしょうか?
不倫をしたことがあるのに処分に賛成したのならば、自分のことは棚に上げた実にエゴイスティックな行動です。
また、水連に所属する第一線のアスリートや、そのほか数多いる競技登録者も、皆一度も不倫をしたことがない人たちばかりなのでしょうか?
もし、一人でも不倫をしている人がいるのであれば、瀬戸選手だけが処分を課されるのは、ルールとして不公平です。
もしかすると、「瀬戸選手は国民の期待を背負っている立場にあるから特別」という判断なのかもしれません。ですが、名が社会に知られていなければ、スポーツマンシップに反したとしても、処分を受けなくてよいということでしょうか?
そうなると、瀬戸選手の処分理由としてあげられた「スポーツマンシップに違反した」というのは嘘になり、結局のところ、「彼は影響力があって、世間様にご迷惑をおかけしたから、処分しました」という意味に過ぎません。
結局のところ、もっともらしい「スポーツマンシップ」を処分の口実として都合よく使ったようにしか思えず、そのような水連の姿勢は、本来「スポーツマンシップ」の持つ高潔さや公正さまでも毀損しているように感じました。
次に、仮に役員・第一線のアスリート・そのほか数多いる競技登録者の誰一人として不倫経験がなかったとしても、瀬戸選手の処分は、「持続可能性」の点からも問題があります。水連は、アスリートの本分である競技とは関係のない不倫という問題で、競技に関する処分をする「どんぶり評価」の前例を作ってしまいました。
もし、今後ルールが公平に運用されて、どんな選手でも不倫で競技の継続を一時的に停止することが当たり前になれば、どうなるでしょうか?
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