メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

ドラマでも全開、つかこうへいの人心掌握術

1982年『つか版・忠臣蔵』てんまつ記⑥

長谷川康夫 演出家・脚本家

「四十七人、皆殺し」と言い放つ女

拡大松坂慶子=1978年撮影
 『つか版・忠臣蔵』でもそのままの名前の志乃は、〝由緒ある〟能登の七尾の泣き女としたために、九州弁ではないが、つかが必ずどこかで使おうと考えて来た「その泣き声で弔い客たちの悲しさを募らせ、涙を誘う行為を商いとし、彼らの夜伽まで請け負う卑しい女」という情感は、ようやくこの作品で日の目を見たわけである。

 しかしながらつかは、松坂慶子演じる泣き女「志乃」を、ライバル二人、宝井其角と近松門左衛門の間で揺れ動き、苦悩するだけの存在とはしない。結局、男二人ともが彼女の思惑の中、その掌(てのひら)の上で踊らされている――というのが『つか版・忠臣蔵』のテーマとなるのだ。

 それはどこか『蒲田行進曲』での小夏と重なるところがある。

 「四十七人、皆殺しにさせてもらいます!」

 低く言い放ち、顔色も変えずに近松の右腕を斬って落とす、志乃の激烈さは、まさにつか好みのキャラクターと言っていいだろう。

 松坂慶子はそんな志乃を、つかの口立てによって台詞が次々と与えられていく稽古の中、連日楽しげに演じた。

 出演者全員に囲まれての、ジャージとスニーカーでのリハーサルなど、たぶん初めてだったに違いない。額に汗を光らせながら、つかが発する台詞を真剣な表情で反復し、それを次第に「松坂慶子」のものとしていく姿を、僕は何だかとても得をしたような気持ちで見ていた。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

長谷川康夫

長谷川康夫(はせがわ・やすお) 演出家・脚本家

1953年生まれ。早稲田大学在学中、劇団「暫」でつかこうへいと出会い、『いつも心に太陽を』『広島に原爆を落とす日』などのつか作品に出演する。「劇団つかこうへい事務所」解散後は、劇作家、演出家として活動。92年以降は仕事の中心を映画に移し、『亡国のイージス』(2005年)で日本アカデミー賞優秀脚本賞。近作に『起終点駅 ターミナル』(15年、脚本)、『あの頃、君を追いかけた』(18年、監督)、『空母いぶき』(19年、脚本)などがある。つかの評伝『つかこうへい正伝1968-1982』(15年、新潮社)で講談社ノンフィクション賞、新田次郎文学賞、AICT演劇評論賞を受賞した。20年6月に文庫化。

長谷川康夫の記事

もっと見る