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苦痛を緩和できる方策をどれだけ探せるかが問われている

聖隷三方原病院緩和支持治療科部長(副院長)・森田達也医師に聞く

鈴木理香子 フリーライター

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)をわずらう女性(当時51)からSNSを通じて依頼を受けた医師2人が、女性に薬物を投与して殺害したとして、京都府警は2020年7月23日、2人を嘱託殺人の疑いで逮捕した(8月13日に京都地検は2人を起訴、10月26日、京都地裁で第1回公判前整理手続きが行われた)。
 医師が難病の女性を死にいたらしめたこの事件を、終末期医療に携わる医師はどう見るのか。連載の第4回は日本で初めてホスピス病棟を開設した聖隷三方原病院(静岡県浜松市)の緩和ケア医、森田達也さん(緩和支持治療科部長)に登場していただいた。

森田達也 1992年、京都大学医学部卒。その後、聖隷三方原病院で緩和ケアの専門医としての道を歩む。現在、聖隷三方原病院緩和支持治療科部長、副院長。Editorial board of; Journal of Pain and Symptom Management, Journal of Palliative Medicine、Japanese Journal of Clinical Oncology 副編集者、Textbook of Palliative Medicine and Supportive Care 監修。 

――森田さんは緩和ケアチームの一因として、がん患者さんに関わっています。

森田達也医師森田達也医師
森田 一般病棟や腫瘍センターで、がん患者さんの苦痛の緩和を行っています。緩和ケアというと終末期医療といったイメージがあるかもしれませんが、2010年にイギリスの医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル」に、早期から緩和ケアを始めたほうがQOL(生活の質)や生命予後の改善が見込めるという報告が出て以来、早期からの緩和ケアが本流となっています。

――今回の京都の事件をどう見ますか?

森田 彼女のSNSをフォローアップしていたわけではなく、事件のことはニュースで知りました。いきなり医師が逮捕されたので、「普通じゃない。事件性が高いんだろうな」とは思いました。

 緩和医療医として気になったのは、女性が抱えていた苦痛は何だったのか、それに対し周りはどう対応したのか、です。特にSNSでつながっていた緩和医療医がいたようでしたので、彼らは何をしていたのか、何か対応することはあったのか、また、主治医チームはどうやって苦痛をとろうとしていたのか、それでも限界があったのか……僕らは苦痛を減らすことを仕事としているので、そのあたりは知りたいと思いました。

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治療を中止できるために法制度化を

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――安楽死について、森田さんの意見を聞かせてください。

森田 是非の前に、安楽死や自殺幇助についての議論は、苦痛の緩和や治療中止に関する議論が終わらないとできないと思っています。

――治療中止というのは、尊厳死のことですか?

森田 僕は、「尊厳死」という言葉は使わないほうがいいと思っています。あくまでも行為としての治療中止、英語でいう“withholding or withdrawal of life sustaining treatment”です。厚生労働省は「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を出していますが、現行法上はファジーなまま。現場に任せっぱなしにせず、法制度化すべきだと考えます。ガイドラインに沿って治療を中止すれば起訴されないことになっていますが、その場合でも捜査が入ることはないのか、など現場で悩むことは多いです。

――確かにそういう状況では治療中止はむずかしいです。

森田 現場の医師が治療中止を拒むとしたら、その大きな理由は法制度化されていないからです。はっきりと「白」と言えないなら、治療をやめたら何らかの問題になるかもしれない。だから踏み出せないでいます。ですから、僕は治療中止に関してはしっかりと法制度化し、「白」ということで話がまとまってほしい。事実、英語圏の専門書には、「治療中止は完全に合法である(completely legal)」と記載されていて、違いを感じます。

 さらに、こういう状態は患者さん側にとってもよくない面があります。

――どういうことでしょうか。

森田 「治療を始めたら中止できませんが、それでも始めますか?」

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