「僕のスタイルが、野球4コマの進化形として受け入れられた」
2020年11月04日
2020年のプロ野球シーズンも終わりが近づいてきました。観客数の制限が緩んだおかげで、そこそこ球場へ行くことはできましたが、それでも不完全燃焼だったなあ、という思いが抜けません。
もちろんそれは私がヒイキにしている広島カープの野球がひどかったから、というのもあるのですが、そんな悲しみは長い暗黒時代にさんざん体験してきたこと。では何が足りないのか。
「野球をネタとして楽しむ機会」が消えたからではないでしょうか。酒場で珍プレーを肴に口角泡を飛ばすなんて、今やありえない感じになってしまいました。カープの低迷や適当なコロナ対策をいじって笑いたいのに、そうする場がないこの世情。どうしたらいいのだろう――と悩んだ結果、十数年も「野球ネタいじり」で実績を残している漫画家がいることを思い出しました。
カネシゲタカシさん。横浜DeNAベイスターズをネタにしたブログ漫画『ベイスたん』が4500万PVを超える熱い支持を受け、現在はTwitter上で「野球大喜利」のお題を出すと瞬時にたくさんのコメントを集める人気者です。
『野球大喜利 ザ・パッション こんなプロ野球はイヤだ8』(カネシゲタカシ著、徳間書店)
ということで、いきなりですがZoomインタビューを敢行しました。オンラインですぐ会えるのは、このご時世のいいところですよね。野球エンタメの第一人者の方法論、ぜひお楽しみください!
カネシゲタカシ氏(以下カネシゲ) 野球大喜利っていうTwitterアカウント自体が、開設からもう10年になります。単行本もかれこれ8冊になりました。
――お題を作るところから、どんなことを考えてやっておられるんですか?
カネシゲ かつては毎日お題を出してたので、とにかく「お題かぶりしないこと」が一番のポイントになっています。
――どれだけのお題を出してきたのですか?
カネシゲ 結局、三千数百回といった数になりました。
――いや……すごいですね。
カネシゲ さすがに少しはお題を使いまわしたり、最近でも「実は2014年にも出したお題です」とか、そういうのもあったりするんですよ。ほんとはシンプルな、「こんな○○はイヤだ」みたいなのでいきたいんですが……。
――「こんな○○はイヤだ」というお題がいいんですか。
カネシゲ 大喜利の基本はやっぱり「こんな○○はイヤだ」なんですよ。だって「イヤだ」って語尾にしておけば、どんな回答も当てはまる。長いお題だと答えが限られてくることがあるんですが、たとえば「こんな代走はイヤだ」にしておけば、たいていのことは「イヤだ」になるんで。
――たしかに、答えやすいです。本書に「こんなスパイクはイヤだ」っていうお題がありますが、単に「すごく臭い」だけでも「イヤだ」で成り立つ。採用はされないでしょうが。
カネシゲ 昔のテレビ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」に「たけしメモ」っていうコーナーがありまして、毎週ビートたけしさんが「こんな○○はイヤだ」っていうのを回答でどんどん出していって、読み上げながら「これはイヤですね~」っていうんですよ。
――「笑点」ではなくて「たけしメモ」が野球大喜利の原点だったんですね。
カネシゲ はい。ちなみにこの「たけしメモ」では、毎回のように「歯茎が長い」っていうボケが出てくるんですよ(笑)。
――大喜利のお題が思いつかなかったら「こんな○○はイヤだ」。答えが思いつかなかったら「歯茎が長い」でいける?
カネシゲ それはわかりませんが、「歯茎が長い」っていう回答はだいたいどんなボケにも当てはまるんですよ。たとえばさっきの「こんな代走はイヤだ」って言われて、「歯茎が長い」って言われたら成り立つなと(笑)。
――おお! 一瞬でできてしまった。たけしさんはTwitter大喜利スタイルの起源なのですね。
カネシゲ 「こんな○○はイヤだ」っていう言い方を広めたのはたけしさんだと思います。そこから(お笑い芸人の)鉄拳さんが「こんな○○は××だ」みたいな感じで、フリップ漫談みたいなことをされて、ひとつの基本形になったという感じですね。
――フリップ漫談といえば神宮球場ですね。スワローズの球団マスコット、つば九郎が試合開始前にやってます。
カネシゲ (スタジアムDJの)パトリック・ユウさんを相方にやっておられますよね(笑)。つば九郎がきわどいところを攻めて。
――パトリックさんがまったく突っ込めないで次をめくらされたり(笑)。
カネシゲ 見てるほうがヒヤヒヤしますよね。
――あれ、間違って中継が始まってたらどうするんでしょうね?
カネシゲ そうでなくても、SNSで拡散されちゃうんでね(笑)。でもつば九郎はその辺を逆手に取ってやってるという気がしますね。
――ブログで普通に「怒られた」って書いてますもんね。
カネシゲ そういうのも面白いですよね。
――SNSをうまく使うといえば、それこそカネシゲさんでしょう。Twitterを通じて多彩な投稿を集め、見事に料理されている。こういうネタだとみんな投稿するぜ、みたいな方法論があると思うんですれど。
カネシゲ 穴埋め問題は答えやすいですね。何か適当に言葉を入れるだけでもそれなりに大喜利として成立するので(笑)。初心者の方でも簡単に答えやすい。ただその分、センスが問われるので、採用されるには投稿者の高いレベルが要求される、そういうお題ですよね。
――本書に収録されているものだと「6月19日、プロ野球がいよいよ( )」がいいですね。正解は「開幕」でしょうが、素人でもカッコの中に何かボケを入れてみたくなります。
カネシゲ 人は何か空白があると入れたくなるのかもしれないですね。
――でもそこで「フワちゃん加入で大炎上」とか、よく思いつくなあ(笑)。
カネシゲ そうですね(笑)。僕も選んだ当時フワちゃんのことがいまいち分かってなかったけども……。あとはやっぱり「こんな○○はイヤだ」が答えやすいですね。
――本書では「こんなアンダースロー投手はイヤだ」などのお題に、時事ネタから政治経済、下ネタまでいろんなボケが掲載されています。
カネシゲ ありがとうございます。
――さて、野球大喜利という独自ジャンルを10年間も牽引し、独自の立ち位置の漫画家として活躍しているカネシゲさんですが、デビューは「ジャンプ」なのですね。
カネシゲ はい、「週刊少年ジャンプ」で4コマ漫画の賞をいただいたのがデビューのきっかけです。
――そこから野球4コマ誌で描くようになったのですか?
カネシゲ いいえ、僕は野球4コマ誌での連載経験はないんですよ。
――それは意外に思えます。
カネシゲ ジャンプで連載をなかなか始められなかった時期に、パチンコ雑誌やパチスロ雑誌の人と知り合う機会があったので、そういうところで漫画を描いていました。担当者に野球好きの人がいて、パチスロ漫画に野球ネタを無理やりねじ込んだりもしていましたが。
――では野球にかかわる仕事ができたきっかけは?
カネシゲ ブログです。15年くらい前、ブログのブームがあったじゃないですか。そこで僕も野球をメインテーマにしたブログを始めたら評判をいただきまして。それでスポーツナビさんに声をかけていただいたんですね。
――ブログで野球愛を語っていたら、それが仕事になった、と。
カネシゲ はい。2007年から『週刊イガワくん』っていう2コマ漫画をスポーツナビさんで描くことになりまして、野球の漫画という夢につながったんです。
――そこでなぜ井川(慶)選手をいじる対象に選んだのですか。
カネシゲ 連載開始前の打ち合わせで、同時期に渡米した松坂(大輔)選手と井川選手、どちらかをテーマにしよう、となったんですよ。僕はそのとき井川選手の大ファンだったし、どちらかと言えば井川選手のほうが怪我しなさそうで、メジャーでシーズン通して活躍できるんじゃないか、だからネタも拾えるんじゃないか、というもくろみで選んだのです。
――そこだけ切り取ったら大失敗ですね(笑)。でも、すぐに井川選手がメジャーからマイナーへ降格したために、テレビでは見られない井川選手の様子を知ることができる貴重な企画になった。
カネシゲ ええ、井川選手は3Aのみならず2Aの球団にも所属することがあったので、日本のメディアでは情報を知ることができなくなってしまいました。漫画で描くためにユニフォームのデザインを知るだけでも一苦労でしたよ。英文のウェブサイトをエキサイト翻訳で日本語にしながら情報を得たり。
――そうした苦心の結果、野球関係の仕事も増えていったのですね。そしてネット上では、ブログからTwitterへと活躍の場を移していく。
カネシゲ 2010年ごろからTwitterは始めていました。すでに当時、Twitter上で大喜利のお題を出すアカウントがあったんですよ。それを見て、野球専門のがあったら……と軽い気持ちで始めたのが、野球大喜利だったのです。
――それがどんどん支持を広げていったのはなぜでしょうか。
カネシゲ みなさんが答えてくれたものにどんどんツッコミを入れて、っていうスタイルが割と少数派だったのは理由のひとつだと思います。あと、Twitterというものがまだ盛り上がっていく途中の時期だったのも大きかったのでしょうね。
――つまり、新しいエンタメのスタイルにいち早く適応したということですね。
カネシゲ 90年代の終わりに野球4コマ雑誌がなくなってしまいました。その代わりに、僕がやってるスタイルが、野球4コマの進化形として受け入れられたのかもしれません。自分で言うのも何ですが。
――野球4コマというエンタメは、どうしてすたれてしまったのでしょう。
カネシゲ 過去にみずしな孝之先生とのトークイベントでも話題に出たのですが、いまはネットのせいでネタが消費されるスピードが速すぎると。掲載されたときには、その話題はもうみんな忘れ去っている。権利関係もいろいろと厳しくなったので、出版社が面倒くさがって手を出さなくなった、という事情もあったようです。
――一方で、私もよく見てしまうのですが、「なんJ」のような匿名掲示板でさまざまな野球ネタを無数の人々が消費するようになってしまいました。
カネシゲ そうですね。僕としては、そういったものに対抗するというよりは、むしろ掲示板に書き込むような人たちと一緒に遊ばせていただく、というスタンスでやろうと考えています。だから僕は、なんだったら「なんJ」まとめサイトの管理人みたいなものなのかもしれません。
――なるほど。カネシゲさんは編集者の目線で仕事をしているのですね。
カネシゲ 放送作家とか構成作家とか、そっち向きの脳みそを持ってるようです。実際、この野球大喜利もひとつのお題に何千もの回答が集まることがあるわけで、それを誰がどう編集するかによって内容が大きく変わってしまいます。だから、こうして本にまとめたものは僕が責任を取るべきものだと考えています。僕の独断と偏見の結果でしかないので。
――編集する上に絵も描いてツッコミも入れて、大変な労作ですよね。
カネシゲ ツッコミも長くやっていくと、もう逆に「なんでやねん」とか「何言ってんの」ぐらいしか浮かばないこともあります(笑)。ツッコミのセリフが雑誌と単行本とで違ってしまうこともよくありますね。
――雑誌に出したあと、もっといいツッコミを思いついて単行本で差し替えたり、とか。
カネシゲ あと、雑誌ではまったく野球を知らない人や年配の人が読む可能性もあるので、ネタを説明するような、やさしめのツッコミをする場合もあります。単行本では「分かってる」人が読むだろうから、ちょっとマニアックなツッコミに変更したりするわけですね。欄外に注釈を入れてフォローもしていますけど。
――大喜利の作りかたも野球エンタメの歴史も分かってしまう、いい取材ができました。……ですがまだ続きます。(次回は「コロナ禍の野球の楽しみ方、教えます」)
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