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ヒットのプロに「趣味」はなかったか

ソニーミュージック提供(画像の一部を加工しています)拡大ソニーミュージック提供(画像の一部を加工しています)

 筒美には、早くから“ヒット曲のプロ”の自負があったのだろう。「ブルー・ライト・ヨコハマ」の数年後、初めて会った松本隆に向かって、「『趣味で音楽ができたら幸せだね』と半分嫌味のように」言ったらしい(『週刊文春』2020年11月5日号)。そこそこ有名なエピソードではある。

 でも、「趣味」のないソングライターなどいるのだろうか。

 例えば、橋本・筒美コンビの“もうひとつの”ヨコハマ・ソングを参照してみようか。そう、平山三紀(現・平山みき)のデビュー曲、「ビューティフル・ヨコハマ」(1970)である。こちらの「ヨコハマ」は、どこかメリケン波止場の潮風も匂うワイルドな港町だ。平山の、かすれながら粘る声と歌尻を飲み込むような歌唱は唯一無二である。

 この声で、「遊び上手なミツオにサダオ 話し上手なジローにジョージ」とくれば、もうそれだけで物語が走り出してしまう。「ブルー・ライト・ヨコハマ」の、夢かうつつかはっきりしない逢引きとはまったく異なる身体感覚が「ビューティフル・ヨコハマ」にはある。

 私見だが、ここには、筒美の「趣味」があると思う。

 その証拠は、

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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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