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コロナ禍で悩みながら考える、文化の意味

不穏な時代を生きた江戸の文人を手がかりに

有澤知世 神戸大学人文学研究科助教

 社会がコロナ禍という困難に直面している時、文化や芸術は「後回し」になることが多い。でも、決して不要ではないはずだ。営々と受け継がれる「知的楽しみ」の命脈、そこに息づく、足元を見つめ、記録することの意味を、江戸文学を研究する筆者が、2020年の現実の中で悩みながら、考えた。

何もできない歯がゆさの中で

 「元気を届ける」

 2020年春以降、このポジティブな合言葉を目にするたびに、自分の仕事がどれほど世の中の為になるのだろうかと、うちひしがれた。

 私は、国文学研究資料館という研究機関で働いている。「ないじぇる芸術共創ラボ」という、研究者と現代のクリエーターが、共に古典籍(明治時代以前に日本でつくられた書物)と向き合うことで、新たな文化的価値を創造するプロジェクトで、研究者とクリエーターの橋渡しを行い、活動をサポートする「古典インタプリタ」という仕事だ。

 このプロジェクトに参加しているアーティストの中にも、コロナ禍によって、以前のように仕事ができない人や、生活環境が一変した人、表現の題材や方法について思い悩む人もいた。

拡大戯作に触発されて長塚圭史氏が作・演出した演劇「KYODEN’S WOMAN~アナクロニズムの夢~」のポスター。2020年2月29日に予定されていた国文学研究資料館での上演が延期され、8月30日にリーディング形式で上演された
 全く姿を変えたように見える世界のなかで、今、何を創るべきか、どのように表現し、世に出すのか、何を優先させて、生活を、仲間を、表現の「場」を守るのか……。

 苦しむアーティストたちを間近に見ながら、古典インタプリタとして提供できることは何もなかったのである。

 私が研究対象にしている江戸文芸の「戯作(げさく)」というジャンルは、非常時に何かを主張するという性格のものではなく、世の中に対して、にわかに役立つような知見は見つけにくい。研究者として、今、この時に、どのように貢献できるのか分からなかった。

拡大「KYODEN’S WOMAN~アナクロニズムの夢~」の朗読公演=2020年8月30日、国文学研究資料館閲覧室、エヴァ シュウ撮影

「KYODEN'S WOMAN~アナクロニズムの夢~」(長塚圭史作・演出) 出演:大鶴美仁音・岡部たかし・坂本慶介・髙木稟・土屋佑壱・引間文佳・李千鶴/三味線演奏:柳家小春


筆者

有澤知世

有澤知世(ありさわ・ともよ) 神戸大学人文学研究科助教

日本文学研究者。山東京伝の営為を手掛りに近世文学を研究。同志社大学、大阪大学大学院、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2017年1から21年まで国文学研究資料館特任助教。「古典インタプリタ」として文学研究と社会との架け橋になる活動をした。博士(文学)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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