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眞子さまのお気持ち文書に山口百恵さんを見た

あまりにも昭和な「愛」と「さよならの向こう側」

矢部万紀子 コラムニスト

山口百恵さんが託した「わがまま」という言葉

日本武道館で開かれた「さよならコンサート」で涙をぬぐう山口百恵=1980年10月5日拡大「引退コンサート」を締めくくった曲「さよならの向こう側」で涙をぬぐう山口百恵さん=1980年10月5日、日本武道館

 先ほど紹介した「結婚に向けて、進んでまいりたいと思っております」の所をきちんと引用すると、こうなる。「今後の予定等については、今の時点で具体的なものをお知らせすることは難しい状況ですが、結婚に向けて、私たちそれぞれが自身の家族とも相談をしながら進んでまいりたいと思っております」

 「さよならの向こう側」には、こういう一節がある。「last song for you、last song for you、約束なしのお別れです。last song for you、last song for you、今度はいつと言えません」。ここが重なった。2人とも結婚に伴っての次なる予定を「言えない」と言っているのだ。

 状況はまるで違う。この歌は1980年10月、武道館での引退コンサートでの最後の曲だった。約1ヶ月後に三浦友和さんとの結婚式を控え、何千というファンを前にしての「今度はいつと言えません」。「復帰はしない」という改めての宣言であり、その前提は歌の前に百恵さんが語った「幸せになります」という決意だったろう。

 一方、眞子さまが「具体的なものをお知らせすることは難しい状況です」と語った背景には、小室さんの卒業後の進路がはっきりしないなどの諸事情もあろう。が、一番大きいのは、

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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。最新刊に『雅子さまの笑顔――生きづらさを超えて』(幻冬舎新書)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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