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コロナ禍の野球の楽しみ方、教えます――カネシゲタカシさんに聞く

「長いプロ野球の歴史における非日常として笑い飛ばそう」

井上威朗 編集者

 2020年プロ野球のシーズンが(ほぼ)終わってしまいました。

 ほかのエンタメ同様、コロナ禍のせいで来年はどうなるかわからないプロ野球を、いったいどうやって楽しんだらいいのか途方に暮れる昨今です。

カネシゲタカシさんカネシゲタカシさん
 そこで本欄では、プロ野球いじりの第一人者にして新刊『野球大喜利 ザ・パッション こんなプロ野球はイヤだ8』(徳間書店)を上梓した漫画家のカネシゲタカシ氏にインタビューを敢行(前回は以下)。

 これからのプロ野球の楽しみ方と、「あの代表作」の裏側についてガッツリうかがいました!

伝説的傑作『ベイスたん』誕生秘話

ベイスたん〈中央〉と友達のテレビさん〈右〉と冷ぞうこさん〈左〉。中村紀洋さんが大好き初期のベイスたん。ベイスたん〈中央〉と友達のテレビさん〈右〉と冷ぞうこさん〈左〉。中村紀洋さんが大好きの初期のベイスたん
――カネシゲタカシさんといえば2010年代の野球ネタ漫画の最高傑作『ベイスたん』の作者でもあります。ぜひその話をお聞かせ願いたく!

カネシゲタカシ氏(以下カネシゲ) ありがとうございます。話が「週刊イガワくん」に戻るんですけど(前稿)、井川慶選手が帰国するということで、スポーツナビさん本体での連載が終わったんです。代わりに「ブログ内で新連載を始めてください」という話になって。

――増刊号に移籍したんですね。

カネシゲ そんな感じですね。2012年のことなのですが、ちょうど横浜DeNAベイスターズ初代監督に中畑(清)さんが就任して、ちょっとしたブームになっていました。

――インフルエンザで最初に脱落したのが監督!みたいなニュースがあったような。

カネシゲ あれはキャンプ2日目でしたね。そんな感じでネタになるので、『週刊キヨシくん』っていう4コマ漫画を週に1回のペースで連載することになったんです。

――でもブログに週イチで4コマを載せても、正直なところ厳しいですよね。

カネシゲ ええ、僕もブログ管理画面を見られるので、「こんなに少ないアクセス数だと、すぐに打ち切りになるだろうな」と危機感を抱きました。そこで、自分が仕事として更新する日以外も、何かで更新しようと決めました。

――毎日更新ですか! でも原稿料は週1回の分しか出ないんですよね。

カネシゲ はい。だから、とにかく労力のかからないことをやろうと考えて、ベイスターズの勝ち星で育つブログペットという体(てい)の、はっきり言っちゃうと「たまごっち」のようなものを作ろうと。だったら毎回、画像1枚ですむじゃないかと。

――こうして『ベイスたん』が誕生したのですね! 原稿料なしの毎日連載だったとは。

カネシゲ 勝ったら、勝ち星を栄養として成長する。負けたら、しおれて「お腹すいたよ」となる。

1コマで描かれた地獄絵図状態でした1コマで描かれた地獄絵図状態でした
――そして、あの年のベイスターズは負けまくって、ベイスたんが大変なことに……。

カネシゲ そうなんですよ、「ベイスたん」って検索の窓に入れると、関連ワードで「餓死」って出てきちゃうような(苦笑)。

――餓死寸前の描写があっても、まだベイスターズが負けてましたからね(苦笑)。

カネシゲ だから、ホームランでシュウマイを1個もらえるようにしようって、ちょっと途中で設定を変えました(笑)。そんなことをやってると、いつの間にかネットで火がついて、あれよあれよと評判になって。Twitterも開設してみようかなってやったら、1日でフォロワーが1万2000人になりました。

――それはすごいですね。

カネシゲ 要するに「バズった」んですね。そうなってくると持ち前のサービス精神というものがムクムクとわき上がって、1枚絵のつもりが2枚になり、2枚のつもりが4枚になり、最終的には1回の更新で15枚から20枚ぐらい絵を描かなければいけないように。

――普通に毎日更新のストーリー漫画になってましたね。

カネシゲ 大スペクタクルドラマに育ってしまうんです。そうなる前、2012年の6月ごろですかね、ベイスターズ球団からスポナビ編集部を介して連絡が入りました。「会いたい」っていうんですよ。

――えらいこっちゃ(笑)。負けまくっている球団をいじってたんだから、怒られる流れですよね。

球団の広報部長さんにお会いしたら……

カネシゲ それでDeNAの当時の広報部長さんにお会いしたら「コラボできませんか」って。てっきり怒られるものだと思っていたので、驚きました。

――逆に公認される流れになったんですね。

カネシゲ ベイスたんは中村紀洋選手が大好きで、本当は遠くのお星様(惑星ベイスター)に住んでるけど、そこから頑張ってハマスタを目指す、っていう物語なのです、と説明したら、「ならばチケットが必要だ」ということで、キャラクター用の本物のチケットを発券してくれたんです。ベイスたんの友達はテレビさんと冷ぞうこさんという家電でした。そこで「さすがに家電は球場に入れないかも」というストーリーにして、その流れで「家電OKチケット」を発券していただいて。僕も現物で持ってますけども、史上初じゃないですか、家電用のプロ野球のチケットって(笑)。

――DeNAの球団経営の柔軟なスタンスがよく分かる話でもありますね。

カネシゲ そうですね。当時、チーム成績は振るわなかったけれども、強烈に「みんなに喜んでもらえる球団にするぞ」っていう熱意を持っている感じがしました。

――ベイスターズのファンもそれに反応して、弱くても野球を楽しむ感じが出てきたように記憶しています。当時、カープの勝利を横浜スタジアムで見たとき、負けて悲しいはずのベイスターズファンが楽しそうに「これ、本当にベイスたん死ぬんじゃない?」って会話しながら帰っていったのを覚えてます(笑)。

カネシゲ そうですか(笑)。でもカープも当時は同じように苦戦していたのに、どんどんファンが増えていきましたよね。

――まあお互い、だんだん強くなっていったから楽しかったのかもしれませんね。

『ベイスたんやよ!』(カネシゲタカシ著、KADOKAWA)

コロナ以後、野球ファンはどう楽しめばいいのか

コロナ禍で特別のシーズンになった2020年のプロ野球。感染対策で試合後に客席の消毒も=2020年7月18日、マツダスタジアムコロナ禍で特別のシーズンになった2020年のプロ野球。感染対策で試合後に客席の消毒も=2020年7月18日、マツダスタジアム

カネシゲ コロナでいろんな球団が経営に苦戦してそうですよね。

――カープなんかも、確たる親会社がありませんからね。だからといって、年間指定席の購入者ばかりを客席に入れて、寒いなか必死に徹夜で行列して一見さんが買ったチケットはみんな無効にする、というやり方には正直なところ賛同できないです。

カネシゲ なるほど、古くからのおなじみだけを大事にして、ご新規には厳しい、と。ちょっとそこがコロナ時代というか、これからのカープを考えると心配な部分ではありますね。

――そうなんです。カープ球団はどうも保守的な動き方ばかりしていて、コロナ後の新しいプロ野球の楽しみ方っていうのをあまり真剣に考えてくれていないのかなあ、と失望しています。でも失望ばかりしてないで、ファンのほうでも考えなければならないとも思います。最後にカネシゲさんにそのあたりの知恵をうかがえれば。

カネシゲ そもそも野球って、どんな楽しみ方でもできるんですよね。外野席でカンフーバットを振り回して、立ったり座ったりというのも楽しみ方だし、かといえばスコアをつけながら内野席でひとり座ってじっくり観るのも楽しみ方だし。なんだったら、どこの球団も応援してないけど、データを分析するのが大好き、という楽しみ方もいいし。選手のお尻ばっかり望遠のカメラで狙ってもいい。

――球場に行くと、必ずバズーカ砲みたいなカメラを構えているご婦人方を目撃します。

カネシゲ そうそう、“バズーカ女子”も立派な楽しみ方だし、付け加えるならば、大喜利でいじるのも楽しみ方なんです。でも、他のスポーツだとなかなかこうはいかないんですよね。やっぱりプロ野球の歴史が長いからなんですよ。いろんな日本人が、ある程度コンセンサスとして野球というものを知ってるから、大喜利として盛り上がれるのですね。

――いい悪いの話ではないですが、Jリーグ大喜利をやろうとすると、90年代以降の話になってしまうんですものね。

カネシゲ そうです。たとえば1985年の、バース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発がネタにできない。

――カープで言うと達川(光男)のデッドボール詐欺とかコンタクトレンズ捜索事件とか。

カネシゲ (江本孟紀氏の)「ベンチがアホやから野球でけへん」とか、福本(豊)さんが馬と競走したりとか……。そういった「○○事件」と呼ばれるものへの、山のようなコンセンサスがファンの間で積み重なっているんですよね。そういうネタの蓄積は、やっぱり野球の宝なのです。歴史があるからこそ、僕らもそこで遊ばせていただくことができる。どんな楽しみ方でも包み込んでくれる懐の深さが野球にはあると思っています。

どれもこれも全部、たぶん楽しめる

――野球は歴史として老若男女がそれぞれ教養を持っているから楽しめる。

カネシゲ カルチャーがしっかりしてないとサブカルチャーは成り立ちません。野球というものがしっかりカルチャーとして存在するから、大喜利もバズーカ女子もサブカルチャーとして乗っかることができる。

――なるほど。

『野球大喜利 ザ・パッション こんなプロ野球はイヤだ8』(カネシゲタカシ 著、徳間書店)

カネシゲタカシ著『野球大喜利 ザ・パッション こんなプロ野球はイヤだ8』(徳間書店)
カネシゲ だから、プロ野球は土台がしっかりしているので、コロナ関係に悲観する必要はないと僕は思っています。むしろ、長いプロ野球の歴史における非日常として楽しんだほうがいいんじゃないでしょうか。『野球大喜利 ザ・パッション こんなプロ野球はイヤだ8』でも、無観客試合を扱いました。

――「初の無観客試合で選手が戸惑ったことランキング。意外すぎる第1位は?」というお題が載っています。

『野球大喜利ザ・パッション こんなプロ野球はイヤだ8』より、採用作のひとつ。たしかにイヤだ『野球大喜利 ザ・パッション こんなプロ野球はイヤだ8』』(徳間書店)より。ボケもツッコミも教養がいりますね

カネシゲ たとえば無観客試合だと、スタンドにホームランボールが飛び込んで、ガコンって音がするわけじゃないですか。これをプロ野球中継で観てる感じは新鮮ですよね。

――ベンチの声がよく聞こえるとか、いろんな楽しみ方が出てきてますものね。

カネシゲ これがどんな風に元に戻っていくか、あるいは違う方向に進化するか。どれもこれも全部、たぶん楽しめるだろうな、と思っています。

――なるほど、長年にわたるプロ野球の歴史と教養を引き継ぎながらその精神を活かすならば、この事態をむしろ楽しんで笑おうと。

カネシゲ あとあと振り返ると「あれすごかったな」ってなると思うんですよ。「6月19日に開幕ってどういうこと?」って、そんなことがあるなんて僕らも思っていなかったし(笑)。将来「あれを爺ちゃん体験したんだよ」という話ができるということですよ。

――「5000人の観客でヤジってる奴が目立ってつまみ出されたんだ」とか。

カネシゲ でも、僕らそもそも、5000人のハマスタも、広島市民球場も知ってるし。なんだったら2000人の大阪球場もあっただろうなとか(笑)。

――3ケタの川崎球場もあったんでしょうね(笑)。

カネシゲ 野球ファンって、こんな風に笑い飛ばせるわけですね。「こんなん、昔の大阪球場に比べれば」とか。某OB選手の方も「あんまり観客が少ないから、目視で指折り数えたことがある」とおっしゃっていました(笑)。

――野球しながら数えられるんだから、3ケタどころじゃないかもしれませんね。

カネシゲ そういう話は、昔のパ・リーグを知る方にとって日常茶飯時だったわけで。5000人? すげえじゃねえか、ってなものですよ。歴史を知ってるから、こんな風に語れるのも野球ファンの強みだったりするし。

――「歴史に学んで生きる」という、普遍的な話になりました。

カネシゲ 楽しみながら笑いながら生きれば、「笑う門には福来る」っていう感じですね。

――うまくまとまりました! では最後の最後に、カネシゲさんご自身のお仕事面での「野球の楽しみ方」を教えていただきましょうか。

カネシゲ 今、「野球大喜利」の連載の形をちょっとリニューアルしようと考えています。大喜利のよさを生かしつつも、別の面白さも盛り込んでいこう、と。

――ぜひやってください。防御率20点台の守護神、カープの(テイラー・)スコットをいじってみたりしてください(笑)

カネシゲ スコットはヤバかったですよね。でも……(以下、野球談義が延々と続く)